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「佐藤君のマラソン」
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マラソンの季節になりました。

僕はこの時期になると、ある男の子を思い出します。

その男の子は佐藤君と言います。
僕は彼が5年生の時に担任になりました。
背は小さくて、やや肥満気味の男の子でした。

泳ぐこと以外の運動は大の苦手です。
「マラソンなんて苦手中の苦手だ。」と公言していました。

「誰がマラソンなんか体育に入れたんやろ。すかんなあ。」
彼がそう言ってきました。

「じゃあ、何だったらいいんだい?」
と聞きますと・・・。

「僕、マラソン以外なら何でもいいよ。」

意外な答えでした。
だって、彼はほとんどの運動が苦手だからです。

「なぜ、マラソン以外ならいいの?」

「だって、我慢の時間が少なくていいやん。
 マラソンは長過ぎや。」

なるほどと、納得させられたものです。

佐藤君がいやがるマラソンの練習、彼はいつもビリでした。
だって、ほとんど、歩くんですもん。
でも、完走・・・いえ、完歩だけは必ずしてました。

いつも真っ赤な顔で息を切らしながらゴールする彼は、常に最後の
順位カードを受け取っていました。

その順位カードは再使用しますから練習の度に教員が回収するんで
す。

ある時、僕の所に順位カードを返しにきた佐藤君がこう言ったんで
す。

「先生、僕のカードすごいんで。」

僕は少し戸惑って、こう言いました。
「ほう、すごいかい。」

「なぜだか、わかる?」
佐藤君はいたずらっぽい顔をしました。

「君が、がんばったって証拠だからだろ。」

「いいや、それやったら、みんな一緒や。僕のは特別や。」

「うーん、ごめん、わからんなあ。」
僕には佐藤君の言った「特別」の意味がわかりませんでした。

すると佐藤君、得意げにこう話してくれたんです。

「いつもいつも、マラソンに参加した人数がわかるんや。」

「えっ?」

「僕のカードが121位やったら、121人が参加したっちゅうこと
 や。」

「おおっ!」

「これは、1位の人のカードでもわからんよ。僕のだけや。
 だから、僕のカードはすごいんや。」

いつも、ビリの佐藤君がそういったんです。
いや、ビリだからこそ言える言葉です。

僕ら教員が習慣的につけてきた順位という序列を、彼は彼なりに消
化し、参加していたのです。

マラソン大会のたびに思い出す佐藤君。

ビリばっかりだった佐藤君、本当は、悩んでたのかも知れないです。
でも、それを、一休さんのようなとんちで切り返してくれました。

いろんな場面で、子ども達に順位をつけざるをえない学校の教員と
して、僕は彼の言葉に救われた思いもしました。

ではでは、また来週。



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