僕は、そのたびに、ゆきちゃんのことを思い出します。
ゆきちゃんは、小学6年生の女の子。
僕は担任でした。
「先生、やっぱり男子と一緒にしてみたいよ。」
2学期も終わりに近くなったある日の中休み、ゆきちゃんがそう言っ
てきました。
当時のゆきちゃんは女子の委員長。
一緒にしてみたい、と言っているのは体育のサッカーの試合のこと
でした。
「ええっ?
男子と一緒じゃイヤだって言ってたじゃないか。
だから、男子と女子、別々のチームになったんだろう。」
僕は少し驚きました。
「うん。」
「一緒のチームだと『男子ばっかりボールを取ってつまらない。』
じゃなかったのかい?」
「うん。
でね、センセ。私、いいこと考えたんよ。
で、今度の学級会で提案しようと思うんよ。」
「いいこと?」
「うん。男子と一緒のチームでもうまくいく方法なんよ。
女子の間ではもう話し合いがすんだから、後はセンセと男子や。」
「ほう、そりゃ楽しみだ。」
そんな会話があっての学級会。
女子を代表して、ゆきちゃんが提案しました。
「もうすぐ卒業なので、思い出作りという意味でサッカーのチーム
を男女混合にしたいと思います。」
「でも、女子にボールがまわらんぞ。それでもいいの?」
男子達は口々に言います。
「それで、私は新しいルールを提案します。」
ゆきちゃんはニコニコです。
「コートの中に女子しかボールをさわれないゾーンを作ります。」
ゆきちゃんが大きな紙を黒板にはりました。
その紙にはサッカーコートの図が書いてありました。
その4分の1に斜線がひかれた区画があり、「アマゾネスゾーン」
と書かれています。
「アマゾネスゾーン?何それ?」
という男子の声にゆきちゃんは答えます。
「お父さんから聞いたんだけど、『アマゾネス』っていう女だけの
村があったんだって。とても強い女戦士がたくさんいるんだって。
で、この名前にしました。
このアマゾネスゾーンにあるボールは女子しかさわれません。
男子がさわれば反則です。」
「ちょっと、待ってよ。
それじゃあ、男子に不利じゃんか。不公平だよ。」
「そうだよ。ルールは公平じゃなきゃいけないよな。」
と男子から抗議の声。
「しょうがないじゃない。男子の方が上手なんだもん。
そのくらい我慢するべきよ。」
「女子と男子が一緒のチームになってやれるんだから、いいじゃな
い。」
と女子から応援の声。
僕はと言えば・・・。
「へえ、『アマゾネスゾーン』か・・。
おもしろいこと考えたなあ・・。この先どうなるのかなあ・・?」
と気楽なもので、今後のなりゆきが楽しみでしょうがありませんで
した。
すったもんだの末、試しにやってみることになったアマゾネスゾー
ンサッカー。
結果的に、すごい盛り上がりを見せたのです。
とくにゾーンにボールが転がったときの盛り上がりは、ともすれば
ゴールシーンのそれをも上回るようにも感じられました。
アマゾネスゾーン・・。
男子にとっては、不公平とも言えるルール。
いえ、少し深く考えれば、それは女子にとっても不公平なルールと
も言えます。
しかし、もしかすると・・・。
もしかすると、その「不公平さ」がある種の「公正さ」を導いたの
かもしれません。
「不公平から導かれる公正さ」・・。
そんなことを・・、逆説的であるとさえも感じられるようなことを
肯定していいのかどうか、僕にはわかりません。
でも、実感として、僕は子ども達の楽しそうな様子にそれを感じた
のです。
もちろん、あの盛り上がりは、子ども達全員が共有したものではな
いでしょう。
そして、その思いが永続的であるなどと思いもしません。
ただ、ゆきちゃんが、そして女の子の集団が、何らかの方策を持っ
て、大げさに言えば「ある体制」を打破しようとしたという事実・・。
今振り返れば、これは担任である僕にとって大きかったのです。
「センセ、アマゾネスサッカーってけっこういけるよ。」
授業の後、僕にそう言ってきた健ちゃんは地区の少年サッカー倶楽
部に所属するサッカー少年でした。
そして、ゆきちゃんの提案に反対を唱えた男の子の一人でもありま
した。
「そうか、けっこういけるか。そりゃあ、よかった。
ゆきちゃんに言ったか?」と僕が聞くと・・。
「当たり前じゃん。もう言ったよ。」との答え。
教員という仕事は、僕に大いなるお得を与えてくれた気がします。
ではでは、また来週。