それは、僕が小学生4年生の時のことでした。
生まれて初めて見せてもらったんです、顕微鏡。
なんか、すごいじゃないですか、顕微鏡。
あの小さな接眼レンズを初めてのぞいたときのこと、覚えてます?
担任の先生がおもむろに言いました。
「よおし。
今日は、みんながおりこうにしてたから、顕微鏡を見せて上げま
す。」
一瞬の静寂の後、やったーと言う歓声。
もう、僕らドキドキ、舞い上がりです。
なにせ、顕微鏡ですもん。
もう、「様」までつけちゃたいくらいです。顕微鏡さま。
なんか、科学者です。科学者。
「これは、ものすごく高いんです。
壊したら、弁償です。お家の人が泣きますよ。」
なあんて先生の脅しの言葉も、顕微鏡さまの神々しさを増幅させ
ます。
先生がプレパラートを班に1枚ずつ配り、こう言いました。
「今、配ったのは、みんなもよく知っているものです。
さあ、よおく見てごらん。何でしょう?」
僕たちは息を飲み、はれものにさわるようにレンズをのぞき込みま
した。
「ふえ〜。」
そこには、見たこともない、神秘の世界のかんてんのような、透き
通ったあわ粒の集まりがあったのです。
「センセ、これ、ばい菌やろ?」
「でんぷんじゃない?」
「のりだよね、のり。ね。センセ。」
子ども達の大きな声が教室にこだまします。
先生は、にこにこしながら首を横に振ります。
そして、こう教えてくれました。
「実は・・・。」
息をひそめる僕たち。
「それは、タマネギでしたー。すごいだろう。」
先生の言葉に、ゆれる教室。
「すごい、すごい。タマネギかあ。」
「顕微鏡ってすごいよなあ。」
「すっごく、詳しく見えるもんな!」
「顕微鏡のメガネがあったら、いいよなあ。」
「ああ、そしたら、すげえよなあ。」
その時です。
先生が愛田くんの方を見て言いました。
「おっ。あっちゃん、何か言いたいの?」
あっちゃんが、ひっそりと手を挙げていたのです。
「センセ。
顕微鏡ってすごいんだけど・・。」
すごいんだけど・・?
みんなの視線が集まります。
「タマネギを顕微鏡で見たら、タマネギだってことがわかりません。
でも、タマネギを普通に目で見たら、タマネギだってわかります。
だから、目も、すごいと思います。」
僕には、あっちゃんが何を言いたいのか、よくわかりませんでした。
「顕微鏡の方がすごいに決まってるじゃん。」と思っていたからです。
すると、先生が言いました。
「ほう。
あっちゃん。
すごいなあ。
そういうのを『哲学』って言うんです。」
・・・。
「えっ?
哲学?。なに?
哲学って・・。」
僕は、そう思いました。
それから、ずっと、ずっと時がたちました。
なんだか、チンプンカンプンだった「あっちゃんの哲学」。
今なら、すこおし、わかる気がします。
ではでは。