夏、いかがお過ごしですか?
メルマガ「♪」は、いよいよ夏休み明けです。
よろしくお願いします。
●星座観察会に行ってきました。
カップルで参加している若者も多かったです。
なんか、星座ってロマンチックですもんね。
これが干支だと・・・・ちょっとかなあ・・。
「さそりざの女」って歌になりますが、
「サル年の女」って売れそうにないです。
がんばれ、干支。そんな気にさせられました。
何しに行ったんだか・・・。
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【1】今日の発信
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■「林田のおじちゃんの虹」
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「おいおい。
それじゃあ、ダメや。
ちょっと、止めろ。」
僕らは水を止め、林田のおじちゃんにホースを渡しました。
「いいか。
お前らな。
お日さんに向かってしょんべん(小便)しないだろ。
それと同じや。
もう6年生なんやから、そのくらい覚えとけよ。
お日さんを背中にしてまかんとダメや。」
おじちゃんは言葉通り太陽を背にし、見上げるくらいの角度に
ホースを構え、ぴたりと照準をきめます。
さすがに、消防団。
かっこういい。
「いいか。
いつもうまくいくとは限らんぞ。
やってみるからな。
よし、出せっ。」
ホースから飛び出した水は、これ以上ないくらい細かな粒になり、
輝きながら青空に舞います。
僕らは息を殺し、水滴が作り出すスクリーンを見つめます。
「あっ。出たっ!」
やっちゃんの叫び。
「どこどこ?」
みんなはスクリーンから目を離さずに聞きます。
「そこやそこや。」
「ホントや、ホントや。出た出た。」
鮮やかではないけれど、大きくはないけれど。
けれど、手を伸ばせば届きそうな所に虹があらわれました。
「すげえっ。すげえ。おいちゃん、すげえ。」
得意そうな顔のおじちゃん。
「なっ。
これがコツや。
お日さんに、しょんべん向けたらできんのや。
そう覚えときいや。」
かわるがわるにホースを持ち、歓声をあげる僕ら。
もちろん初めての体験ではないです。
それまでだって、何度もホースで虹を作ったことはあります。
でも、ぜんぶ偶然。
だから、「作った」のではなくて「できた」って感じ。
初めてだったんです。
初めて、こうすれば作れるという意識の元に作れたのです。
「こらあ。
なに、遊んでるっ。
そうじをせんかっ!」
遠くから担任の先生の声がしました。
「しもうた。
そうじ時間やったんか。
はよう、それを言わんか。」
そう言って、おじちゃんは笑いました。
・・・・。
部外者がけっこう多かったんです。
部外者という言い方はいやだけど。
言い方の問題になっちゃうと、ズレちゃいそうなんで、今はこう書
きます。
おじちゃんだけじゃなく、
たくさんの部外者が出入りしてました、僕が通った小学校。
グランドの北面がスタンドになってましてね。
スタンドの最後列が道路と同じ高さなんです。
道路からひょいとスタンドに移れるのです。
だから、いろんな人がグランドに入って来るんです。
近道につかったり、犬との散歩コースにしたり。
マラソンしたり、体操にやってきたり・・。
高鉄棒を使い大車輪をやってみせてくれる、どこかの兄ちゃんは自
慢げでした。
オリンピックの選手を見ているみたいな気がして憧れました。
顔なじみの乾物行商のおばちゃんは、ふうと一息、スタンドに
腰を下ろします。
かけよる僕ら。
おばちゃんは、ほんの少しスルメをちぎってくれる。
食べちゃいけないって知ってるんだけど、僕らは口にする。
仲間の誰かが、おばちゃんの水筒に水をくんでくる。
おばちゃんは、
「ありがと。センセの言うこと、よくきけよ。」
と言って次の行商先へ向かいます。
・・・・。
今、多くの学校に立て札があります。
『部外者、侵入禁止。
ご用の方は、事務室に届けてからお入り下さい。』
取り返しのつかぬ大変な事件が起きてしまった日本の学校。
この立て札の意味もよくわかります。
でも、思うんです。
今まさに罪を犯そうとしている人間が、この立て札に従う。
そんなことって、あるのでしょうか。
じゃあ、なんのための札?
何かあった時、「きちんと立て札を立ていました。」と言うため?
ついつい、うがってしまいます。
・・・。
林田のおじちゃんは、どうだろう。
この札があっても、来てくれたんだろうか?
事務室で受付をしてやってくるおじちゃん。
その姿を想像することは、できません。
・・・。
『部外者、侵入禁止』
それって、きっと逆・・。
学校はもっともっと部外者を受け入れた方がいい。
僕はそう思います。
たくさんの部外者の目が子どもを見つめ、その手が子どもにふれる。
子ども達は、いろんなことを知る。
彼らが教えてくれることは、時に親を、そして先生を上回る。
事実、ホースで虹の作り方を教えてくれたのは林田のおじちゃんで
す。
いや、教えるという形の問題ではない。
こっそりかんだスルメの味が、規則違反をしたという少しの後ろめ
たさと淡い充足感の関係を教えてくれる。
目の前に繰り広げられる大車輪は、現実としてのヒーローを与えて
くれる。
コミュニケーションなんていう言葉が不用の空間ができあがる。
通りすがる人を見るだけでいい。
授業中、窓からふと外を見る。
乳母車をえいやっと持ち上げ、赤ちゃんを起こさずにスタンドを降
りていくどこかのお母さん。
そのたくましさを目にすることは、絶対に役に立つ。
なにより、
いろんな人がいることを知る。
そして・・。
彼らはきっと守ってくれる。
悪意を持って侵入してくる者から子ども達を守ってくれる。
力での話じゃないですよ。存在の話です。
林田のおじちゃんは、きっと守ってくれただろう。
これは、期待ではないんです。
確信です。
もし、何かが起きたとしたら、あのころの僕らを守ってくれたに違
いない。
いや、何も起きなかったと言うことは、すでに守られていたんだと
も思う。
守ってくれるはずの部外者をはじきだす立て札は、残念だけど、、、
守ってくれない。
これも確信。
・・・。
林田のおじちゃん。
ずいぶん、おじちゃんに見えたけど、いくつだったんだろう。
今の僕よりきっと年下だった・・・。
ふう・・。とため息・・。
いまだに林田のおじちゃんになれない僕は何なんだ?
そう思います。
・・・。
ではでは、また次回。