かたづけ上手になりたいな。
今日のこの悲しさだって
これから出会う悲しさだって
引き出しの中にそっとしまいたい。
そっと、そっと、しまいたい。
その音があなたの耳にとどかぬように・・・。
そっと、そっと・・・。
そう・・・。
そっと、そっと。
(はいつ でこ)
-------------------------------------------------
その子を担任したのは、もう20年も前のことになります。
「センセ、近くの支社に来たんよ。
ちょっとでもいいから会える?」って電話。
久々に出会ったやっちゃんは、その呼び名をためらわせるに十分な
大人の女性になっていました。
雨でもないのに傘を手にしていたやっちゃん。
「おいおい、今日は傘は、いらんだろう。」
僕がそう言うと、
「やだ。センセ、これ、おしゃれのアイテムよ。」だそうです。
僕は、ちょっと気張ってレストランで食事をごちそうしました。
「センセ、私、親友っていうのがいないんよね。」
そう言った彼女は、ほんの少しだけさびしそうな顔を見せました。
「バカ話できる友だちはいるんだけど、悩みとか話せる人がいない
んよね。」
「ふうん。そうか・・。でも、そういう友だちなら僕もおらんよ。」
「えっ、センセも親友いないの?」
「うん。悩みをうち明けるような友だちはおらんなあ・・。」
「うわあ、なんか意外!けど、ほっとしたなあ・・。
そうなん、センセもいないの。
うれしいなあ。センセもいないんだ。そっか、そっか。」
僕はと言えば、うれしがられて、まあ、よかったのですが、何とも
微妙な気分ではありました。
「でもさあ・・。そもそもセンセって悩みがあるの?」
「えっ?」
不意をつかれた気がしました。
目の前の彼女はいたずらな目をしています。
急にあの幼い頃のやっちゃんに戻った気がしました。
「悩みねえ・・・。悩みかあ・・・。うーん・・・。」
「あっ、やっぱりね。やっぱり、悩みがないんだ。
センセ、悩みがないなら、打ち明けようもないじゃん。
あいかわらず『脳天ほがらか』なんやから・・。」
「・・・・。」
「センセ、雨が降らないのに傘はいらんよね。」
くすりと笑ったやっちゃんが、いっそう大人に見えました。
どんな悩みでもうち明けられる親子・友人・師弟。
それは人生にとって宝物だって言われています。
でも、僕はそうなのかなって少しだけ疑ってます。
2002年12月21日