そよ風はいろんな物を運びます。
きれいな花びらや、甘い素敵な香りだけではありません。
小さな小さな音だって運んでくれるのです。
そして、ウサギの長くて柔らかな耳は、そよ風を受けるのにぴった
りなのです。
森を通りかかった「旅ウサギの次郎」の耳に、今日はこんな話し声
が運ばれてきました。
「母さん、母さん。
教えてよ。どうして僕は、こんなにのろまなの?」
それは、子ガメの声でした。
「あら、いいじゃないの。
ゆっくり歩く方が気持ちがいいわよ。
せかせかより、のんびりがいいものよ。」
「うん。そんな気もするけれど・・。
でもね、母さん。
いつも森のみんなから、のろま、のろまって馬鹿にされるんだよ。
僕、いやだなあ・・。
一度でいいから、かけっこで勝ってみたいなあ。」
親子の話を聞き、旅ウサギの次郎はこの森に立ち寄ることに決めま
した。
次の日のことです。
次郎は森のみんなを集めてこう言いました。
「おいらは、旅ウサギの次郎。
よろしくな。
おいら、これまで、いろんな所を旅してきたが、どこの誰にも
かけっこで負けたことがないんだ。
どうだい、この森の誰か、このおいらに挑戦してみないかい?」
みんなは、ウサギの足の速さを知っています。
そして、旅ウサギの次郎は、この森のどのウサギよりも一目で立派
だとわかる足を持っていました。
だから、みんなはうつむきました。
「つまんないなあ。
誰も挑戦してこないのかい?
おっ、誰だい?
そこで元気良く手をあげているのは!!」
次郎が指さした先に、あの子ガメがいました。
「えっ?
ぼ、僕のこと?
僕、手なんかあげてないよ。」
びっくりした子ガメの言葉をかき消すように、次郎が大きな声で言
いました。
「よし、子ガメくん。
君の勇気が気に入った。
おいらと勝負だ。
そうさなあ、あの丘のてっぺんのいちょうの木まで競争だ。
みんなっ、子ガメくんの勇気に拍手っ。」
どぎまぎする子ガメに、大きな拍手と歓声がふりかかりました。
こうして、旅ウサギと子ガメのかけっこが始まってしまったのです。
ようい、どんっ。
タヌキの合図で、二人がスタートしました。
森のみんなが思っていた以上に次郎の足は速く、まるで風のように
走りました。
その姿は、どんどん小さくなり、すぐに影も形も見えなくなってし
まいました。
次郎は、後ろを振り返り、子ガメの姿が見えないことを確かめて、こ
うつぶやきました。
「ようし、もういいだろう。ここらで、お昼寝のまねでもするか。」
(つづく)