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「小川直也が見つめていたもの」 イメージ英之介
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2005年、大晦日・・。
小川直也は何を見つめていたのだろう。
今は亡き友、橋本真也のテーマソングとともに、因縁浅からぬ後輩、吉田
秀彦の待つリングに向かう彼の眼は、格闘家のそれとは思えなかった。
それまでの闘いで見せてきた『暴走王』としての狂気にも似た飢餓感を、
その眼差しに感じることはできなかった。
勝ちたくはないのか?
僕の中で、ふとよぎる疑問、いや、不安。
・・そんなはずはない。
これは、小川にとっても、プロレス界にとっても、きわめて重要な戦いな
のだ。
勝敗の重さは、彼自身が一番良くわかっている。
だからこそ、彼は、この花道を歩むことを決めたはず。
ならば、小川のこの眼は何なんだ?
・・まてよ、この眼は・・。
僕は、この時の小川と同じ眼を見たことがある。
それは、遠く隔てた時間にかすみつつ、しかし、なお風化できずに残って
いるまなざし・・。
・・・。
『平成』が産声を上げた年、猪木は東京ドームの花道を歩いていた。
プロレス史上初の大興行、できるはずがないと言われ続けた夢の舞台。
リングに待つ相手は、ソ連の、いや世界の柔道王、ショータチョチョシビ
リ。
負けは許されぬ異種格闘技戦。
しかし、猪木の眼に、あのブロディが絶賛した燃えるごとき輝きは、
なかった。
猪木は、敵ではなく、どこか遠くを見ていた。
・・。
「ソ連。そしてドーム。とうとうここまで来たか。そう思えてね。
相手は見えなかったなあ。」
後に、猪木はそう語る。
・・。
ブラジルでの失望と若者ゆえの沈み込みそうな孤独、そして、たぎるよう
な死闘の中、肉体と精神だけを頼りに、ここまで生きてきた己。
いつ倒れてもおかしくない自分と、倒れることを許されぬアントニオ猪木。
張り詰め続けた魂が、今歩む、集大成とも言える花道。
その歴史という走馬灯を、猪木は見つめていた。
そして・・。
いや、きっと、だからこそ猪木は敗れた。
・・・。
小川も、走馬灯を・・?
そうかもしれない・・。
「新日本プロレスファンの皆様、目を覚ましてください。」
橋本を完膚なきまでに倒し、観客に向けたこの小川の叫びは、マットに横
たわり、うつろな目をした破壊王に、津波のごとくおおいかぶさった。
そして、その叫びは、今、小川自身に帰ってきたに違いない。
「目を覚まさねばならぬのは、俺の方ではなかったか・・。」
言い知れぬ後悔・・。口にできぬ懺悔・・。そして不安。
大晦日、プライドの花道・・。
彼は、その入場シーンで、橋本を彷彿させ、橋本を背負った。
なぜ、そんなことを・・?
生前の橋本は、プライドのリングなど望んではいなかった。
もちろん吉田との勝負も・・。
だから、プライドに出陣する小川に、橋本を背負う理由などない。
橋本が、いつか勝ちたいと渇望してやまなかった相手・・。
それは、皮肉にも、小川自身だったのだから・・。
「強さとは何なのか。勝負とは何なのか。
橋本が求めた戦いとは何なのか。」
花道の小川に、うずまく精神の葛藤がなかったとは言えまい。
それは、吉田に勝つことではなく、橋本との走馬灯をめぐることでしか解
決できぬ問いかけではなかったか。
だからこそ、この眼。
そして・・。小川は、吉田に敗れた。
敗れた後、小川は微笑んだ。
その笑顔は橋本のそれを思わせた。
「さよなら、橋本。さようなら・・。」
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コラム by イメージ英之介
一言一絵(いちごん・いちえ)作家
古今東西の出来事を一言一絵として記録中。
↓下記HP、お暇なら来てよね。
http://oitablog.jp/keima/archives/
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