「エクソシスト」というオカルト映画をご存じだろうか?
僕は学生時代に昼食のあんパンをほおばりながら、映画館で観た。
隣の席は午前の上映から引き続き鑑賞している中年男だった。
上映中に彼は独り言をぶつぶつ言っていた。
最悪なことにその独り言は映画の内容だったのだ。
「もうすぐ顔が一回転するんだよね。」
「次に緑色の液体を吹くんだよね。」
「もうすぐ悪魔が死んじゃうんだよね。」
本当にうんざりだった。
不本意にも内容を知ってしまって観る映画は恐ろしいほどつまらなかった。
席を移ろうにも満員でままならず、注意をする勇気もなく、僕のエクソシスト鑑賞は終わった。
漫画読者の特徴の一つに再読がある。
一度読んでしまって、筋書きを知っているにもかかわらず、また読んでしまう。
このような読み方をする読者が結構多いと思う。
僕は高校時代、漫画同好会に所属していたが、全部員が「再読好き」だった。
これは何故だろうか?
「再読」のエネルギーとなっている物は何なのだろうか?
展開を既に知っているのだから、”わくわく感”ではないだろう。
当然”どきどき感”も薄いだろう。
されど、僕らは再読をする。
なぜ?
それは価値観の再確認のためだ。
あの時の感覚が、今の僕の感性にどう影響しているのか。
それを確認するために、僕は再読するのだ。
そう思う。