「大御所」という言葉がある。
どのような世界にも「大御所」がいる。
その語感は「ゆるぎない安定した世界」を、また「権威」をかもしだす。
「挑戦」「革命」などの言葉ともっとも遠い存在と言えるであろう。

 藤子不二夫は漫画界を代表する「大御所」である。
ギャグ、SF、ファンタジーなどの分野でたくさんの名作を発表している。
彼らが生み出したキャラクターは幅広い年齢層に愛され、CMなどでもおなじみである。
初期の作品としては「おばけのQ太郎」「忍者ハットリ君」「怪物くん」などがある。
どの作品もアニメ化されテレビの電波に乗り、家庭に笑いをふりまいた。

 子供達は主人公に親近感を覚え、家庭的な雰囲気のストーリー展開は親たちにも安心感を与えた。
学校のクラスのみんなが主題歌を知っていた。
だから遠足や社会見学などのバスの中でガイドさんとともに歌うことができた。
楽しく歌え、乗り物酔いも少しは防いでくれる安定感があった。
 余談だが、おばけのQ太郎の主題歌は「Q、Q、Q−ぅ、おっばっけーのQ」が出だしである。
イントロも何もない。いきなり「Q」の連呼なのだ。
おかげで「Q」が、はいからなアルファベットの中で唯一、間の抜けた響きを持つということを
当時の子供達は知った。

「親近、安心、安定」、、藤子不二夫はデビュー当時から「大御所」の要素を持っていた。

しかし、よく考えてほしい。
■「Q太郎」は「おばけ」なのだ。
 番町皿屋敷、お岩さん、耳なし法市などの怪談に出てくる恐ろしい「おばけ」なのだ。
■「ハットリ君」は「忍者」だ。
 カムイ、伊賀の影丸、サスケなどと同じように死と隣り合わせの世界を生きる影の存在なのだ。
■「怪物くん」は恐怖の象徴、モンスターだ。
 ドラキュラに追いかけられる夢をみて、おしっこちびったのは僕だけではないだろう。
 今でも時々見るけれど、、。

 藤子不二夫は、万人が恐怖や畏怖を抱いた存在をそのまま受け取らなかった。
それらが持つ伝統的な概念を逆手に取ったのだ。
ほのぼのとした展開、愛すべきキャラクターに隠れてしまって見逃しがちだが、まさしく藤子は挑戦者であった。
伝統的旧体制に対する革命者であったのだ。

 藤子はその後も常に革命者たる大御所であった。

 




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