頂上で逃したもの
みなさんは登山の経験をお持ちだろうか?
僕は1500−1600メートル級の山ならば、何度か登ったことがある。
そして、一度だけ、吹雪の中、山頂に登りつめたことがある。
雪が顔を痛いように刺し、風が追い打ちをかける。
途中で何度引き返そうと思ったことか。
しかし、僕は登った。
途中が苦しければ苦しいほど、頂上は甘美な感動があるからだ。
「がんばれ、がんばれ、あと少しだ。」
自分を励まし、登った。
そして念願の頂上!
暖かいコーヒー!
登りつめた喜び、、いや、実はそうでもなかったのだ。
確かに、登った喜びはあった。
けれども、あの吹雪を乗り越えたという初体験の割には感動が薄かったのだ。
僕はほんの少しの失望感をおみやげに下山した。
そして、ふもとまで下りてきて、山を振り返った。
山は白い吹雪というオーラに包まれていた。
下界の人間にはその頂の片鱗すらも見せてはくれなかった。
その時である、僕の失望感がその頂に吸い取られたのだ。
神々しささえ漂わせ、人間を寄せ付けることさえ拒んでいるかのような頂上。
そこに、ついさっき僕は立っていたのだ。
頂上では味わえなかった感動、それを下山し、振り返ることによって味わえたのだ。
僕は長編マンガは必ず再読する。
その時々に逃した感動が新たな顔を見せてくれるからだ。
体力が衰えた今、僕はマンガ読みという登山を楽しんでいる。