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【1】「学校なしでもいいですよ。」(1)
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「学校なしでもいいですよ。」

前回、そう言える家庭・子育てをめざしませんか、って僕は書きま
した。

それこそが、「家庭教育の独立宣言」だと思うんです。

誤解しないでくださいね。

僕は、学校教育が間違っているとか、学校に行かない方がいいなん
て言いたいのではありません。

まず、家庭教育が独立しましょう、その上で、学校をパートナーと
して選ぶのか、選ばないのかを決めましょうって言ってるんです。

ちょっときどった言い方をすれば、
「独立独歩」でいくのか「独立共歩」
でいくのかの選択権を持ちましょうということなんです。

子どもが「学校に行かない」ようになったら大変・・
そんな子育てをやめませんかと提案したいんです。

そうは言っても、実際に「不登校13万人」などという言葉がマス
コミにとりあげられ、問題視され、悩んでいる家庭がたくさんある
のが現実です。

学校なしの子育て・・・・。

それは明治5(1872)年「学制発布」までは当たり前のこと
だった子育てです。
そもそも学校という物は民衆の側から出てきた要求ではなかった
ようです。
当時の人々は学校をありがたがるどころか、学校を打ち壊すとい
う事件まで起こしたという事実すらあるそうです。

わずか130年の間に、僕たちは学校に頼り切った子育てに染まっ
てしまったような気がします。。

これは、僕のうがった捉え方かもしれませんが・・・。

こうなることが、当時の為政者の思惑通りだったんじゃないかな
あ・・。

当時の日本は外国からの侵略におびえていました。
それで、それまでの大名による地方分権から、中央政府の一つの命
令で国民全体が動く制度・習慣が必要になってきた。
それは子育てにだって及んできます、いや、それこそが最も重要だ
と考えられたことでしょう。
各家庭でばらばらにやっていたのでは、国が必要とする人間が育ち
ません。
やはり、統一した教育組織・学校・そして義務教育が必要になって
くる。

為政者としては、家庭が「学校に頼り切った子育て」を行ってくれ
た方が都合がいい。
家庭が学校の植民地になった方がいい。
そう思ったんじゃないのかなあ・・。

あっ、話がわき道にそれてしまいました。

では、本題に戻ります。

「子どもが学校に行かなくなった」ら、何が困るのかってことから
考えていきたいと思います。

(つづく)
 



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