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【1】幸福感(1) 
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「幸福」について考えること。
家庭教育で、僕が絶対に必要だと思うことのひとつです。

「幸せってなんだろうか?」

このことをぬきにすれば、すべての教育は空虚になってしまうと思
います。

「幸せ」・・。
子どもの頃の僕たちは「幸せ」についてどんな言葉で語られきたで
しょうか。
そして、僕たちは大人としてどんなふうに語ってきたでしょうか。
その前に僕ら大人は「幸せ」だと感じてきたのでしょうか。

「今は苦しとも我慢すれば、将来は幸せになれるよ。」
という言葉は耳にしたことはないですか?
僕はこの言葉は虚ろだと思います。
なぜなら、けっして「今」を幸福にできない言葉だと思うからです。

「未来の幸福」を語ること・・・。
僕には、これが「教育」がやってはいけない言い訳だと考えていま
す。
子育ては未来を保証するものではなく、今という瞬間を保証するも
のにしたいと僕は思っています。

またこんな言葉も僕は耳にしたことがあります。
「世界中には戦争や飢えで苦しんでいる子がたくさんいる。
 それに比べれば君たちは幸せだ。感謝しなさい。」

この言葉はなんとなく理解できます。
けれど、一方でとても傲慢だと思います。
世界に苦しんでいる人がいるのに自分は幸せだと言うのは、やはり
おかしいと思うんです。
そして、なにより・・・。
自分の幸せが他人との比較で生まれると語ること・・・。
これは「教育」ではないと僕は思うんです。

この考え方は、これまた僕がよく耳にするこの言葉に通じます。
「幸せは勝ち取るものだ。」
この言葉は敗者があってこそ幸せがあると語っています。
やはり、僕にはどうにも妙に響いてしまいます。

皆さんは子ども達にどんなふうに「幸せ」を話すのでしょうか?
よろしければ、ぜひ、ご紹介下さい。

僕は小学校の教員を経験しました。
僕の子ども達は僕が教員時代に出会った子ども達のことについて聞
きたがり、僕は思い出すままに話をしてきました。

その中でも「ますみちゃん」の話が「幸せ」という面で印象的だっ
たと子ども達は振り返ります。
僕は話の中で「幸せ」と言う言葉を出したわけではありません。
しかし、子ども達はその話の中になにかしらの幸せを感じたんだと
思います。

ますみちゃんのこと・・。
僕は以前に教育コラムとして発信させてもらったことがあります。

再録になりますが、どうぞ、読んでみて下さい。

==================以下再録です。=================
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■「ますみちゃんのなぞなぞ(1)」
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僕たちは、思い出の足跡を残して「今」を生きています。
年数をかけ、少しずつ、何らかのものを積み上げてきたわけです。
そして、アルバムの写真を見て懐かしむように、
何らかの形で「残してきたもの」を「思い出の存在」として確認す
るわけです。

でも逆に「なくなってきたもの」を大切な「思い出の存在」にする
場合もあるんですね。
僕は、それを、ますみちゃんから学んだのです。

喜田ますみちゃんは当時、小学校6年生の女の子でした。
おとなしい性格で授業中の発表などは、どちらかというと苦手。
習字が大好きで、いろんなコンテストで「賞」をもらっていました。
かといって、それを威張ったような態度をとるような子ではありま
せんでした。
面倒見がよくて、転入生のお世話などすすんでするような、そんな
女の子でした。

僕はと言えば、まだ若手の教員でした。

その時の僕は中休みを利用して「紙芝居」を作っていたのです。
ますみちゃんはできていく「紙芝居」をちらちら見ながら、教室で
本を読んでいました。

「喜田さん、すまんけど、色鉛筆かしてくれん?」
教卓のすぐ前の座席のますみちゃんに、僕は声をかけました。

「うん、いいよ、先生。」
ますみちゃんは気さくに言ってくれました。
「あっ、でも、、、。」
ますみちゃんは、少しとまどったようなのです。

色鉛筆を貸すのがいや、というような顔ではありません。

「いいよ。」と言いながら、すぐに「でも、、。」と変わっちゃっ
たますみちゃん。
僕は、不思議というより、「なぞなぞ」を与えられたようなわくわ
く気分になりました。

「どうしたん?」と僕は聞きました。

ますみちゃんは、少しだけ時間をおいて、照れくさそうに言いまし
た。
「先生、ちょっと、手を合わせてみて。」
「えっ?」

ますみちゃんは教卓の横に来て、手のひらを僕の方に向けました。
「早く、先生、早く手を合わせてみてよ。
  私と手の大きさ比べようよ。」

ますみちゃんが与えてくれた「なぞなぞ」はさらに深まっていきま
した。

教員という仕事の醍醐味の一つは子どもが与えてくれる「なぞなぞ」
です。
僕の「わくわく感」も増幅してきました。

そして、後でわかったその答えは、実に暖かくうれしい答えだった
のです。

(つづく)



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