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 ■■■■■ はいつの「楽しもう歴史教科書」■■■■■
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 No.27      【発行者 はいつ でこ】

  やってきました。金曜の夜の歴史エンターテイメント。
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  第7章 大化の改新 (3)「タランチュラの事件簿(上)」
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かゆい・・・。
実にかゆい。
鏡に映るカレンダーに目をやり、私はつぶやいた。
そう言えば、7週間ほど髪を洗っていなかった。
私には「考え事があると髪を洗わない」という悪い癖があるのだ。

「ホークスさん、かなり洗ってませんね。」
においがキツイのだろうか・・。
床屋のおやじが目をしゅぱしゅぱさせながら、こう続けた。
「何か、気がかりな事件(ヤマ)でもあるのですかい?」

「ああ・・。どうもねえ・・。
 どうも納得がいかない事件があってね。」

「するってぇと、なんですかい。
 ホークスさんほどのお方にも犯人の見当がつかないような難事件
 が発生したってことですかい?」

おやじはレモンの香りがするシャンプーを、大さじ20杯分くらい
私の頭に振りかけてくれた。
いや、「振りかけた」は的確ではあるまい・・。
彼はシャンプーを「ぶちまけて」くれた。
それでも、7週間もためにためたフケだ。
当然のことだが泡立ちがすこぶる悪い。

「いや。すでに犯人は見つかっているんだ・・。」

「えっ?見つかってる?
 じゃあ、何を悩んでいるんですかい?」

おやじの指先が私の頭皮上を、かゆみという獲物を狙うタランチュ
ラのようにはっていく。
実に気持ちがいい、「生き極楽」である。
(作者注:『生き地獄』に対抗して作者が作った造語。
      ニュアンスで理解していただきたいっ。)

私は壁にぶち当たると、必ずこの「理容ほしの」にやってきて、お
やじの指先を味わう。
そして、リフレッシュするのだ。

「おやじさん。私は常々言っているだろう。
 私が求めているもの・・。
 それは、『犯人』なんかじゃない。
 それは『真実』なんだ。
 私の脳みそは『真実』という獲物を狙うタランチュラなのだよ。
 ンムフフ・・。」

しびれた。
心の底からしびれた。
ときおり、私は自分の言葉にしびれ、最長で2時間ばかりの自己陶
酔(とうすい)を経験する。
そのしびれを楽しみながら、「理容ほしの」から徒歩3分、駅から
だったら車で70分のわが事務所に戻ってきた。

私の名はヒャーヤッコ・ホークス。

察しのいい読者さんなら、もうおわかりだろう。

そう。
その名の通り、私は「冷や奴(ひややっこ)」が大好物。
冬でも食べるぞ。
そして九州が誇る栄光のプロ野球球団「ダイエーホークス」ファン
でもある。
でまあ、ちょっと安易なネーミングであるが、
ヒャーヤッコ・ホークスね。

「理容ほしの」のおやじから尊敬され、地域の町内会、副会長を任
された名探偵である。
ちなみに町内会長は「ほしの」のおやじだ。

誰だったか、外国の作家が私をモデルにした推理小説を書いてくれ
たこともある。そうそう、あの人、コナンドイルとか言ってたっけ
かなあ・・。

ついでに言うならば、九州は大分県出身の「千代大海」ファンでも
ある。
もう一つ言うぞ。南こうせつだって好きだ。
ああっ、福沢諭吉だって大分だぞ。
新日本プロレスリング社長の藤波辰巳だって・・。
ゴホン。
つまり、どうでもいいことだが、私は九州、大分の出身なのだ。

事務所のホワイトボードには、ハトソン君の丸っこい字でこう書か
れている。

「伝説のイルカ暗殺事件・・・家政婦は見た・・・」

ぷぷっ。
さずがは、おちゃめなハトソン君だ。

子どもの頃、伝書鳩を買ってきたはいいが、その日の内に放してし
まい、二度と戻ってこなかったという悲しい伝説を持つ(これは、
事実です)中年女性、ハトソン君が私のパートナーだ。

でまあ、鳩が逃げて以来、「ハトソン」と名乗ることにしたらしい・・
漢字で書けば「鳩損」だ。
イキなおばさんである。

と、その時・・・。
がらがらっ  。
事務所がドアじゃなく、引き戸っていうのも悲しいが、とにかくハ
トソン君が帰ってきた。

「ホークス、あったわよ。」

「そうか、見つけてくれたかい。」
彼女は大分県中津市立小幡記念図書館に「入鹿暗殺」に関する資料
を集めに行ってくれていたのだ。
この資料は私にとって「タランチュラの武器」になるはずだ。

「あったわよお。
 入鹿(いるか)、鎌足(かまたり)、中大兄(なかのおおえ)、
 この3人に関する情報が1冊にまとまっているすぐれものの資料
 を見つけたわよ。」

「おう、それはすばらしい。さっそく見せてくれたまえ。」

「これよ、これ。」

彼女は誇らしげに1冊のぶ厚い本を見せてくれた。
その表紙には、こう書いてあった。

「学習まんが・歴史人物なぜなぜ事典(2)」。

私は軽いめまいを覚えた。

なにせ「学習」ときて「まんが」ときて、きわめつけに「なぜなぜ」
だもん。
いや、この本についてとやかく言うつもりはツメの先ほどもない。
これは、これで、子ども達に素晴らしい恩恵をあたえる本に違いな
い。
しかし・・。
しかし、「なぜなぜ」で我々が直面している歴史上最大の難事件が
解決できるとでも思っているのかハトソン君・・。

だめだ・・。
だが、ここで彼女に文句を言えば、100倍になって返ってくるこ
とは確かだ。
伝書鳩は返ってこなかったが、彼女の怒りは猛烈な勢いで返ってく
るのだ。
それも必ず・・・。
そうそう、こんな時こそ、ポジティブシンキング・・。

そうだっ!
そうだよ!
そうなんだ!

「なぜなぜ」だぞっ!
「なぞなぞ」でなかっただけマシじゃないかっ!

もし「歴史人物なぞなぞ事典」だったら大変な事だったじゃないか。

「(問1) 次の中で正しい人名はどれ?
 (1)蘇我クジラ (2)蘇我イルカ (3)蘇我マグロ」

なんて書かれていたら、どうしようもなかったはずだぞ。
そう考えれば、「なぜなぜ」は「なぞなぞ」よりもはるかに頼りが
いがある。
まあ、目くそが鼻くそを馬鹿にしたようなものと言えなくもないが、
この思考方法は、深く私の精神を安定させた。

だからこそ、私はこう言えた。
「ステキな本じゃないか・・・。」

「でしょ。それにさあ・・。カマちゃんに会えるわよ。」

「カマちゃん?」
私は本日2度目の軽いめまいを覚えた。
たしか、オットセイだったか、アシカだったか、ああ、そうそうア
ザラシだった。
私にはこの3種類の海獣達の違いがよくわからないが、とにかく、
あれはアザラシの「タマちゃん」だったはずだ。

(作者注:2003年、多摩川にアザラシがやってきた。
 そのかわいさで大人気。
 「タマちゃん」の愛称で親しまれ、「アザラシ」本人が申請した
 わけでもないのに住民登録までされた。
 いなくなったら、転出届はどうするつもりなのだろうか・・?
 とにかく、それほど大フィーバーであった。)

「カマちゃん」・・・。

そう言えば、大分県に蒲江(かまえ)という町があり、そこに野生
のマンボウがやって来たと聞いている。
さては時流に乗って、マンボウを町民登録でもしたのか!

「それって、蒲江(かまえ)のマンボウのことかい?」
私はそう問うた。

「やだあ、何言ってんのよお。
 カマちゃんよ。カマちゃん。
 鎌足ちゃんのことよ。
 ほら、あの中臣鎌足(なかとみの かまたり)のことよ。
 彼にアポがとれたの。
 あと1時間ほどしたら事務所にやってくるわよ。」

「ええっ!」

40過ぎて「やだあ」はないだろうと思いながらも、事態はまさに
風雲急を告げた。

「鎌足きたる」・・・。
こう書くと、なんだか選挙の応援演説みたいだが、とにかく、あと
1時間後にはあの鎌足がやってくるのだ。

私の脳に、ぴいんと糸が張った。
本物のタランチュラがどうするのかは知らないが、私の脳内タラン
チュラはたしかにクモの巣を張り巡らせたのだ。

「真実という獲物が近づいてきたぞ。ンムフフ・・。」

私はまたも自分の言葉にしびれた。

その横で、ハトソン君は「なぜなぜ事典」に夢中になっていた。
おっと、私もしびれてはいられない。
ハトソン君と一緒に「なぜなぜ」読破だっ!

てなわけで、参考文献は
「学習まんが歴史人物なぜなぜ事典(2)、
 発行所:株式会社ぎょうせい」です。

お持ちの方は一緒に推理いたしませう。
お持ちでなく、しかも、暇でしょうがない方はお近くの図書館へレッ
ツゴー。

(つづく)



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