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  第7章 大化の改新 (6)「タランチュラの事件簿(下の下)」
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ハトソンは、私「ひゃーやっこ・ホークス」をつきさすような目で
にらみながら、こう言った。
「ようするに、蘇我入鹿を暗殺した真犯人は、入鹿の地位を手に入
  れたかった人なのよ。
  考えれば、それって当たり前のことよね。
 たとえば、皇帝になりたがってる人間は、その部下の将軍を暗殺
 するようなことはしないわ。
 それと同じよ。
 もう一度言うわよ。
 入鹿を殺した人間は、入鹿にとってかわりたかった人間だわ。」

「うーむ。そりゃそうだね。
 私だってカレーが食べたいのに、ラーメンを注文するような馬鹿
 な真似はしないからね。はははは。」

我ながら、切れ味鋭い例えだった。

私の才能に嫉妬したのか、ハトソンは無反応だった。
「ふう・・・。ずばり言うわよ。犯人は、カマちゃんだわ。」

「げげっ?カマちゃん?中臣鎌足かい?」

「そうよ。中臣鎌足・・・。私は彼が犯人だとにらんだわ。」

「ちょっと待ってください、ハトソン君。
 君の推理はよくわかりましたよ。
 けれど、そこには大きな落とし穴があるね。むふふふふ。」
ああ・・。私はカッコいい。しびれる・・・。
そうだ、そうだよ、そうなんだ。ハトソン。
君にいいカッコウさせるのは、ここまでなのだよ。

「落とし穴って何?」

「素人は、これだから困るんですよ。
 いいですかな。スタートに戻って考えて下さいね。
 中大兄皇子=真犯人説に疑問を持ったスタートです。
 それは、彼が実行犯だったからです。
 首謀者は、実行犯と異なるという歴史的、心理的法則が、私たち
 のスタートだったのですよ。
 カマちゃんだって、実行犯の一人でしょ。
 つまり、彼は首謀者ではないはずです。むふふふふ。」
きまった。完全にきまった。
これほどの決め方をしたのは5分ぶりだ。
私は、ハトソンの顔をのぞき込んだ。

「なあんだ、そんなことか・・・?
 もっと、ましなことを言うかと思ってたわ。」

「ふにゃあ?」
私は、思いもかけぬハトソンの反応に、変チクリンな鼻濁音を発し
てしまった。

「あのね、たしかにカマちゃんは暗殺現場にいたわ。
 でも、ずっと隠れていたの。
 そして、中大兄皇子、つまり当時の名前で言えば葛城(かつらぎ)
 皇子が、入鹿に傷を負わせてから、のこのこ出てきたらしいの。
 つまり、カマちゃんは、もし、仮に葛城皇子が暗殺に失敗しても、
 何食わぬ顔ができたわけよね。
 ひょっとしたら、葛城皇子をとらえる方に回ったかも知れないわ。
 つまり、どう転んでもよかったわけよ。
 ということは、実行犯とは言えないわ。」

「ほう・・・。」
いかん、いかん。
感心してしまうところだった。
気を取り直した私は鼻を膨らませて、息の通りを良くした。
すう、すう。
そして、こう言った。
「なるほど・・・。
 やっと、そこに気づいてくれたかね。ハトソン君。
 つまり、カマちゃんはイソップのコウモリですな。」
出たっ!一発逆転の素敵なたとえ。

「コウモリ?それは、あんたのことでしょ。ホークス。
 まったくもう・・。でね・・。まだ状況証拠があるの。」

「証拠?あらまあ、しょうこりもなく・・。くくくく。」
ゴーーーーーーールーーーー。

「ふう・・・。あなたと話すと肩の力が抜けていいわ。
 あのね、これは『学習まんが歴史人物なぜなぜ事典(2)、発行
 所:株式会社ぎょうせい』にも書かれていることなんだけど、葛
 城皇子を誘ったのはカマちゃんなの。
 ある日、葛城皇子がマリ遊びをしていたのね。」

「マリ遊び?」

「ええ、今で言うと、サッカーのリフティングごっこに近いのかな。
 とにかく、その時にね、
 葛城さんの靴が脱げて、飛んでいっちゃったの。
 それを拾って、差し出したのがカマちゃんなのね。」

「靴がとりもつ縁か・・。まるで、シンデレラだね。
 ステキだけどさ、リフティングの最中だったんだろ。
 汗びっしょりだよね。
 ってことは、かなり臭かったんじゃないかな、その靴。」

「ええ、それには同意するわ。かなり臭かったはずよ。
 ま、それはともかく・・・。
 その臭さを乗り越えて、カマちゃんの方から入鹿暗殺を誘いかけ
 たってわけ。」

「なるほど、そして、その ごほうびが 大兄皇子(おおえのおう
 じ)という位のチョコレートですね。
 あれ?
 じゃあ、もう一つの本命チョコ、つまり、暗殺後に天皇位をも
 らった軽(かるの)皇子は?」

「ええ・・。
 実は、カマちゃん、葛城さんに声をかける前に、軽皇子にも声を
 かけているのよ。
 それも、記録に残ってるの。
 もちろん「学習まんが歴史人物なぜなぜ事典(2)」にも書いて
 あるわ。
 もっとも、軽皇子があまり頼りにならなかったから、みかぎって、
 葛城さんに声をかけたって書いてあるけどね。」

「何だって?
 それじゃあ、カマちゃんは、まず軽皇子と暗殺を相談し、次に葛
 城皇子をさそったってわけか・・・。
 げげっ、のちのち、天皇の位を手に入れる二人じゃないか!
 こりゃあ、ますます怪しくなって来たぞ。ナカトミ。」

その時である。玄関のベルがピンポーンとなった。
思わず時計を見た私。
ハトソン君と話し出してから、ちょうど1時間が経っている。

「カマちゃんだわ。カマちゃんがやってきたわ。」
ハトソン君の目が輝いた。

(つづく)



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