(作者注「サスケ」:2003年、岩手県・県議会議員に当選した
プロレスラー「ザ・グレートサスケ」氏は覆面をつけたまま議会
にのぞんだ。
「そりゃ、ないだろう。」と反対の声があがったが、
「これが私の素顔です。」と言い放ち、覆面を脱ぐことがなかった。
すごいなあ、サスケ。
こうして県知事よりはるかに有名な県会議員が誕生した。)
「ええ・・。そういえば、ちょっと変よね。」
ハトソンは、コーヒーを注ぎながら、この上ない「しかめっ面」を
さらした。
「第一、おかしいじゃないですか。
中臣鎌足っていったら1000年以上も前に死んじゃった人間で
すよ。
君はどうやって、あの覆面男とコンタクトをとったんだい?」
「町内会長の星野のおじさんよ。
星野さん、散髪屋さんでしょ。
散髪屋と言えば町内の情報センターよね。
それで、町内に中臣鎌足に詳しい人がいませんかって聞いてみたのよ。」
「ふんふん。」
「そしたら、
『まかせなさい。
あと1時間もしたら、鎌足さんご本人をそちらへ行かせましょう。』
なんて言ってくれたのよ。
それも、思いっきり鼻の穴をふくらませて・・。
伸びてたなあ、鼻毛。紺屋の白袴、医者の不養生、星野の鼻毛ね。」
私は思いっきり息を吸い込み、突出した鼻毛があれば、鼻穴に収納
するという作戦をとった。
これは、非常にいい作戦であるので、ぜひ読者の皆様もお試しいた
だきたい。
「でね。あのサスケが参上したってわけ。」
「なるほど、理にかなってますなあ・・。
とにかくゴー フォー ブロック。当たって砕けろですな。」
私とハトソンは事務所のパイプイスに座り、サスケ、いやカマちゃ
んと対面した。
男は、助手のハトソンくんが差し出したコーヒーをものめずらしげ
に見た。
その男をハトソン君がめずらしげに見ている。
「で、どんなご用件ですかな。」と男は切り出した。
ごくりと生つばを飲みこんで私は答えた。
「今日、鎌足さんにおいでいただいたのは、他でもありません。
入鹿暗殺事件に関しておうかがいしたいことがあるのです。」
「ほう、あの入鹿の・・・。」
「ええ・・。」
「思い出すのお・・・。
あれは、葛城皇子(かつらぎの みこ)様が、やまと乗っ取りを
たくらむ蘇我の一族をお倒しになった喜ばしき日じゃった・・。
皇子は、みずから剣を取り、憎き入鹿をお切りなされた。
後ろで見ていた私は、そのご勇気に心をふるわされたものじゃ・・。」
鎌足は目にうっすらと涙をうかべた。
今、鎌足の言葉に出てきた葛城皇子。
もちろん、ご存じ、入鹿暗殺の首謀者とされる中大兄皇子のことである。
「そこです。
率直に言いましょう。そこが変なのです。」
「変じゃと・・?」
鎌足は細い目をつりあげ、私の目をまっすぐに射た。
「はあ、どうにも合点がいかないのです。
暗殺の首謀者、しかも皇子ですよ、皇子。
その皇子が、自ら刀を持って暗殺を実行するものでしょうか・・?」
「ぶ、ぶれいもの!
それほど、皇子は知恵と力と勇気を兼ね備えられた、たぐいまれ
なるお方、大和の宝なのじゃ。」
「すみません、お気に障りましたか・・。
しかしです。
しかし、それほどに葛城の皇子が素晴らしきお方ならば、なおさ
らではないでしょうか?」
「なおさら・・?なおさら、どうしたというのじゃ。」
「それほどの大切な指導者が最も危険な暗殺現場に行くというよう
なことに、鎌足さん、あなたは反対しなかったのですか・・?
あなたの言葉を借りれば、大和の宝が、もしかすると、逆に入鹿
に殺されることだって考えられたはずですよ。
いや、反対するどころか、あなたは、皇子が入鹿を斬りつける場
面を後ろから見ていたと言うのでしょ・・・。
私はそこに疑問を感じるのです。」
「ぐ・・っ。」
あきらかに、覆面の下から少しだけのぞく彼の顔色が変わった。
チャンスだ。
素人の探偵なら、ここで、いっきに突っ込む。
しかし、私は名探偵「ヒャーヤッコ・ホークス」なのだ。
私は「人」という字を、左の手の平に3回書いて飲み込んだ。
子どもの頃、母から教わった「落ち着くためのおまじない」だ。
私は会話の方向を少し変えた。
「鎌足・・疲れただろう。カツ丼でも食べるかい。」
くーっ。完全に敏腕刑事(デカ)である。
警察官採用試験に3度も落ちた私が、一度は言ってみたかったセリ
フである。
男はうなだれたまま返事をしなかった。
しめた、これで、カツ丼代がういたぞ・・。
「鎌足・・・。
あんた、若い頃はどんな仕事についてたんだ?
聞かしちゃくれねえかい。」
「へい、刑事さん。
あっしゃあ、神さまと人間の中をとりもつ仕事をしておりやした。」
「あっ!なるほどっ!だから、『中』臣(なかとみ)なのね。」
ハトソンが横から口をはさんだ。
この女、どうしても、主役を取りたがる悪い癖がある。
「おさっしの通りでさあ。
それで『中』臣(なかとみ)っていう姓をもらっていたんです。
あっしの家は代々、神さまと人間をつなぐネットワーク作りを家
業としてきました。
ところが、あのにっくき蘇我氏のやつらが・・。」
カマちゃんの目に涙があふれた。
「泣かないでカマちゃん。
その先は・・・知ってるわ。
神様より仏様の時代だって言い始めたのよね。」
また、この女がでしゃばってきた・・。
「そうなんです。
それで、あっし達『中臣』一族は時代遅れの抵抗勢力にさせられ
ちまったわけです。
そりゃあ、惨めな日々を送りましたよ。
あっしは子ども達にはこんな苦労はさせたくなかった。
で、涙を飲んで、長男を寺の坊さんにしたんです。
これからは仏教の時代ですもんね。」
「ええっ?
ってことは、神社の息子がお寺につとめたってことなの?」
「へえ。まあ、ざっくばらんに言えば、そんなとこです。
でもね、仏教だって、いつすたれるかわかったもんじゃありませ
ん。それで、考えた末に、次男は寺には出しませんでした。」
「なるほど、仏教と神道のふたまたをかけてたってわけね。」
完全にハトソンが主役になっちまった・・・。
「ええ・・。ふたまたでさあ。
それからのあっしの人生は、ふたまた人生でさあ。
にっくき入鹿を倒すために、あっしは『軽皇子』様と『葛城皇子』
様のふたまたをかけました。
どちらかが入鹿を倒して下されば、あっしが入鹿にとってかわる
ことができやす。
また、どちらが失敗してもあっしは安全地帯にいることができや
す。お二人にとっても、天皇と大兄皇子という美味しい位が待っ
てましたからね、まんまと上手くいきやした。
でもね、その後が結構大変でした。
軽皇子・・・いや、その当時はすでに『孝徳天皇』でしたが、そ
の孝徳天皇と葛城皇子、これまた、すでに中大兄皇子がもめまし
てね。
結局、あっしは中大兄皇子を選んだんですがね。」
「あっ、ちょっと待って。
もしかして、中大兄皇子の『中』ってのは中臣の『中』からとっ
たんじゃないの?」
ぐぐっ。するどいな、この女。私は拳を握りしめた。
「いや、それは、どうだかわかりません。
というよりも、あくまでも、あっしは皇室にお仕えする臣下です。
そんなおそれ多いことは考えたこともありませんや。」
「ともかく、なんとか落ち着いたかと思いましたら、その後も、
また、もめごとでさあ。
中大兄皇子と弟の大海人皇子(おおあまのおうじ)が、もめまし
てね。また、ふたまた人生の始まりでした。」
また大粒の涙を流し、カマちゃんがハトソンの顔を見つめてこう
言った。
それにしても、よく泣く男だ。
「刑事さん、負けました。
おっしゃるとおり、あっしが全て、もくろみました。
いさぎよくお縄を頂戴します。
けど、わかってください。
あっしだって好きこのんで、ふたまた人生を歩んだわけじゃあり
ません。
ただ、あっしは子どもを守りたかったんだ。
子ども達に、あっしが受けたような惨めな思いをさせたくなかっ
ただけなんだ。ぐふ、ぐふぐふうううう。」
ハトソンがそれに答えた。
「わかるわ。
わかるわよ、その気持ち・・。カマちゃん、泣かないで・・・。」
いや、あの・・・。主役は私なんだけど・・・。
まあ、いい。私には最後の切り札があるのだ。
私の脳内タランチュラが動き始めた。
「ふふふふ。その辺で田舎芝居はおしまいだ。
正体はわかっているぞっ!」
私は男の覆面にむんずと手をかけた。
「猿芝居はいいかげんにしろっ。
鼻毛を切ってきたか、星野のおやじいっ。」
覆面が宙に舞い、男の顔が現れた。
みんなの目がそこに注がれた。
静寂が支配した瞬間・・・・。
げげっ。
星野さんじゃない・・・。
その顔は、はいつ氏だった。
「やだあ、はいつさんじゃないの。」
ハトソンがにこやかに言った。
「ええ、星野さんに頼まれましてね。
ほら、ごほうびはポッキーです。ハトソンさんもいかがです?」
彼は胸のポケットからポッキーの箱を取り出した。
グリコのポッキー。
それは、カバヤのプリッツ+チョコレート。
プリッツ好きとチョコ好きに「ふたまた」をかけた昭和の大ヒット
商品である。
そして、「鎌足のふたまた」・・・。
それは、日本史上、最も有名な事件、「入鹿暗殺」のキーワードだっ
たのだ。
事務所にポキッという乾いた音が響いた。
その音と共に、タランチュラの事件簿は幕をおろした・・・。
(了)