━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  第8章  「公地公民」(3) カマフェスト(その2)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
いきなりですが・・。

もし、僕がプロ野球コミッショナーになったとしよう。
その記者会見でこう言ったら皆さんはどう思います?
「えーっ。
  このたび、プロ野球コミッショナーになりました『はいつ でこ』
  です。
 私、これを機会に名前を『とらの でこ』と改めようと思います。
 まあ、そういうことで、よろしく。」

野球ファンなら、
「げげっ。
  なんで、コミッショナーに就任したからって名前を変えちゃうの?
  しかも、『とらの』だなんて変だよねえ。
  はっはあ・・。
  さては、今度のコミッショナー、阪神タイガースのファンだな。」
  なんて思うんじゃないだろうか。

ひょっとしたら、映画「男はつらいよ(主人公がとらさん)」のファ
ンだっただけのことなのかも知れないが、野球ファンなら「とら」
から「タイガース」を連想しても無理はない。

だから、それが、誤解であれ、真実であれ、こんなふうに推測され
てもしかたがない。
それでは、公平な立場のコミッショナーとしてはまずい。
だから、こんな改名はしないよね。

このことをふまえて、中大兄皇子(なかの おおえのおうじ)さん
のことを考えて欲しい。
「大兄皇子(おおえのおうじ)」は位だから、名前ではない。
だから、この人は「中」さんなのだ。

で、最初から、「中」さんだったかというと、そうではない。
もともとは「葛城皇子(かつらぎの おうじ)」さんだったのだ。
で、「大兄皇子」に就任して「中」と名乗るようになったのだ。
別に「葛城大兄皇子(かつらぎの おおえのおうじ)」でもよかっ
たのにだ・・。

「中」はひょっとすると「中心」を意味するのかも知れない。

けれども、その当時の人はそう思うだろうか・・?
ひょっとすると、こう思うんじゃないだろうか・・。

「げげっ。
 なんで、大兄皇子に就任したからって名前を変えちゃうの?
 しかも、『中』だなんて変だよねえ。
 はっはあ・・。
 さては、今度の大兄皇子、中臣鎌足にべったりなんだな。」

ねっ。
そう思われても仕方がないようなことを皇子はやった。
前代未聞である。
漫才コンビを組んで、
「ナカトミでーす。」
「ナカノオーエでーす。」
「二人合わせてダブル・ナカでーす。」
なんてことだって可能なほどなのだ。

逆に言えば、それほど、中臣鎌足さんは皇子からの信頼が厚かったっ
てことだ。

それでは、その中臣鎌足さんについて、前回からのつづきです。

「ちょっと待ってよ。
 2週間もたつと、前に何が書いてあったか、忘れちゃったわ。」
これが、かみさんが発した今回最初のありがたいお言葉である。

で、まあ、前回までのおさらいを、ちょびっとだけします。

(1)教科書にはあっさり書かれている「公地公民」は、「個人の
   財産を認めない」という、極論すれば社会主義革命、つまり
   「めちゃ・ぶっとび改革」であるってこと。

(2)それほどの「めちゃ・ぶっとび改革」を、中臣鎌足さん
  (以後カマちゃんと記す)は蘇我入鹿(そがの いるか)さん
   暗殺(つまり政権交代)から、わずか半年で実施しちゃったっ
   てこと。

(3)・・ということは、当時の有権者である豪族から、カマちゃ
   んのマニフェスト(以後カマフェスト)が受け入れられてい
   たはずだってこと。

(4)その1つが「権力の座・独占禁止」であったに違いないってこと。
 
くわしくは、バックナンバー(03/11/28号)を見てね。↓
  http://village.infoweb.ne.jp/~fwkh8072/deko/his/33.htm

とにかく、カマちゃんはすごいのだ。
どのくらいすごいかというと・・・。

平安時代を築いた「藤原氏」は、もちろんカマちゃんの子孫だ。
「カマちゃん一族」は鎌倉時代には源氏の後の将軍にもなっている。
あの豊臣秀吉さんだって、「カマちゃん一族」の養子になってるんだ。
太平洋戦争直前の総理大臣も「カマちゃん一族」の近衞文麿
(このえ ふみまろ)さんだ。
まだ続くよ。
ぐっと現代、平成の世。
1993年に第79代総理大臣に就任した細川護煕
(ほそかわ もりひろ)さん、今は陶芸家だけど、この人だって、
「カマちゃん一族」だもんね。

めでたい鶴でさえ1000年の寿命・・・。
それを、なんと、1300年間もの長きに渡って日本の政治の裏表
に関わってきたんだもん。
いや、これから先だって、続く可能性は大だ。
「すごい。」と言わずして何と言おう。

その元を作ったのが、カマちゃんなのだ。
だから、教科書のように、カマちゃんをあっさり通り過ぎちゃうと、
その後の歴史がつまんなくなる。
さしあたって、平安時代なんて退屈なだけの歴史になるのは請け合
いである。

「そうそう、平安時代ってつまんないわあ。
 まっ、おじゃる丸のお陰でかろうじて救われてるって感じね。」
ほらねっ。かみさんもこう言っている。
(作者注:「おじゃる丸」とはアニメ番組のタイトル。
     平安貴族の子がタイムスリップして現代にやってくると
     いう設定。
     主題歌が「北島三郎」さんというのもステキだ。)

で、カマフェストその2・・。
彼は、いわゆる「毒まんじゅう」をばらまいたのだ。
政権交代後、カマちゃんは、ぐーんとポストをふやした。
断るまでもないが、郵便ポストではない。
カマちゃんは、ポスト、いわゆる政治家の役職や位を徐々に増やし、
それまでの2倍以上にしちゃった。

しかもだ。
なんと、右大臣(うだいじん)という左大臣に次ぐ最重要ポストに、
暗殺した蘇我入鹿さんの親戚をあてたのだ。

親戚ですよ。親戚。

もしですよ。
もし、小泉さんが外務大臣の田中真紀子さんをやめさせちゃった後
に、夫の田中直紀さんを外務大臣にあてたら、みんな「どひょーん」
ですよねえ。
田中さんのように夫婦ではないけれど、殺しちゃった相手の親戚だ
もん。
これ、ある意味で、それを上回るような「ぶったまげの人事」です。
もちろん、政敵の内部分裂をさそう絶妙の作戦であったはずです。
それにしても大胆だなあ、カマちゃん。

というわけで、カマフェストその2は「ポストのばらまき」である。

カマフェスト1,2は、100年もの蘇我政権に飽き飽きした多く
の豪族に受け入れられたことだろう。

しかし、ここからが、もっとも大切なことかもしれない・・。
たしかに豪族達の一応の理解は得られただろう。

しかし、その下には一般農民と奴隷がいたのだ。
彼らが反乱を起こせば、政権交代はうまくいかない。

そこで、カマフェストその3だ。

カマちゃんは大衆にも目を向けた。
なんとカマちゃん、豪族達から集めた土地を、一般農民だけでなく
奴隷達にまで貸し与えたのだ。
(作者注:これを「口分田(くぶんでん)」と呼んでいます。)

ちなみに、6歳以上、つまり、幼稚園児か小学1年生ぐらいの幼児
からお年寄りまで、すべての人に与えたんだ。
まあ、男より女が少ない、農民より奴隷が少ないなどの差別はある
けど、とにかくすべてに与えた。

どのくらい与えたかというと・・・。
ほら、テレビの時代劇なんかで、聞いたことがあるでしょ。
「加賀100万石(まんごく)」なんて言葉。
あの「石(こく)」っていうのは、お米の単位なんだけど、だいた
い1石のお米で大人1人の1年分の量なんだ。
だから、加賀は100万人を養える力があるってこと。

で、この口分田(くぶんでん)に話を戻すと、6歳以上の男1人に
「2石」分の田んぼを与えられたんだ。
ちなみに、1石のお米は1反(たん)、つまり300坪(つぼ)の
田んぼからとれます。

ってことは、男1人に約600坪の田んぼ。
おおっ、けっこう広いじゃないか!

女は[4/3石]。奴隷は、それぞれの1/3。
うーん、分数が出て、嫌な気持ちになった人がいるかもしれません。
ごめんなさい。

とにかく、もし、僕んちが口分田をもらったとしたら・・。
夫婦と子ども2人で、下記のようになる。

 (僕)+(かみさん)+(息子)+(娘)
=[2石]+[4/3石]+[2石]+[4/3石]
=6石+2/3石

「加賀100万石」ふうに言えば、「はいつ6石」である。
もし、税がなければ、6人は楽に暮らせちゃうってとこだね。
4人家族の僕んちは、けっこういけるぞ。
まあ、少なくとも飢え死にする量ではないよね。
民衆は喜んだに違いない。
実はこの後、ひどい税の取り立てがあって民衆は苦しんだんだけど、
それは、カマフェストではふれていなかったはずだもんね。

と、まあ、カマフェストその3は「土地のばらまき」である。

「ちょっと待ってよ。
 あなた、都合のいい計算してニヤニヤしてるけど、現実を見てよ。
 現実をっ。
 中年夫婦の私たちでさえ1坪も持ってないのに・・・。
 この時代、幼稚園児一人が600坪の土地持ちなのよ!
 どうしてくれるのよっ。」

かみさんの今回最後の感想である。
いや、感想というより、ヒステリーと言った方がいいかもしれない。

でも・・。
うーん。そうだよなあ・・。
いくら口分田が貸し地とは言え、幼稚園児に600坪は、ちょっと
ねえ・・。

ひゅうううう。
我が家に、冬の風が吹き込んだ。

というわけで、次回はカマフェスト最終回。
カマちゃんとあのヒミコのヒステリー、いやミステリーなのだ。

では、また再来週。

(つづく)



目次へ