「江戸をていねいに言ったら『お江戸』。
では、奈良をていねいに言ったら?」
「おなら!」
いまどきの中学生諸君っ。
僕ら、むかしどきの中学生は、こんなクイズでも楽しめたのだよ。
うらやましいだろう。へっへー。
ごほん・・・。
で、今回は、その奈良時代である。
中学校の教科書にはこう書いてある。
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710年、奈良に、唐(とう)の都長安(ちょうあん)にならった
新しい都がつくられた。
この平城京(へいじょうきょう)は広い道路でごばんの目にくぎら
れ・・・。
[教育出版「中学社会・歴史」より
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話が始まったばっかりなのに話は変わるが、僕はこう覚えた。
「なっとう(710年)食べたら、くさいおなら(奈良)」。
「きゃははは・・・。
あなたのは、何を食べてもくさいわよ。(かみさん談)」
ごほん・・・。
話が変わったばかりだけど、話を戻そう。
この教科書の記述は、不公平である。
「平安京(へいあんきょう)」はこう書かれているからだ。
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桓武(かんむ)天皇は・・・
794年には今の京都に「平安京」をつくり・・。
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ね。不公平でしょ。
平安京は桓武天皇が造ったって書いてあるのに、平城京は誰が造っ
たのか書いてないんだもん。
まるで、平城京は自然にできちゃったみたいだ。
でもね、考えて欲しい。
なっとうくさい平城京は、それ以後の都の手本となる、いわば、日
本の歴史上初の完成された都と言ってもいいくらいなんだ。
誰が造ったか、ちゃんと書いて欲しいなあ。
「あら、何言ってるの。
書いてない方が覚えなくてすむじゃないの。
受験生の味方だわ。
私は載せない方に賛成ね。
えらいわ文部科学省。(かみさん談)」
ごほん・・・。
かみさんの反対を押し切って発表します。
ジャジャジャジャーン。
なっとうくさい平城京を造った人・・・。
それは、元明(げんめい)天皇なのですーーーっ。
「元明天皇?
誰なの?
そんな人の名前覚えたくないわ。(かみさん談)」
教科書に載っていないくらいだから、知らない人がたくさんいるか
も知れない・・。
なぜ、元明天皇が教科書からはずされているのか、僕には、てんで
わからない。
なにせ、この人、僕に言わせれば、
「日本のスイッチを入れた女性」だもんね。
「えっ、女性なの!?
だったら、絶対、教科書に載せるべきよ。
何やってんのよ、文部科学省!!(かみさん談)」
さすが、ジェンダーフリーを目指すかみさんである。
実は、元明天皇は、あのカマちゃん(中臣鎌足)と組んだ中大兄皇
子(なかのおおえのおうじ)の娘さんなんだ。
ちなみに、彼女の側近はカマちゃんの息子「藤原不比等(ふひと)」
さん。
「大化の改新ペア」の子ども同士がペアを組んじゃったって訳だね。
これ、すごいよね。
親子2代のペアだもん。
木村一八と西川弘志が漫才コンビ組むようなものだもんねえ。
(作者注:
二人はそれぞれ、昭和史に残る漫才コンビ「やすし・きよし
(横山やすし・西川きよし)」の子ども。)
ところで・・・。
僕は、この元明天皇が出現する以前と以後とで、まったく日本の歴
史が変わってしまったと確信している。
もちろん、平城京という都を造ったこともスゴイ。
でも、それさえもかすんでしまうような、もっと、もっと大きなこ
とをやってのけたんだ。
「何?それ?(かみさん談)」
はい。それは、お金です。
エコノミックアニマルだ、経済大国だ、バブルだ、日本発の世界同
時不景気だ・・。
お金に関して、世界中の人々からいろんなことを言われる現代日本。
元明天皇は日本に、初めて「和同開珎(わどうかいほう)」と呼ば
れるお金を造り、流通させた人なのだ。
近年「富本銭(ふほんせん)」と呼ばれるお金が見つかり、これが
初代のお金だと言う説もある。
もしそうだとしても、流通したお金の第一号は「和同開珎」なのだ。
流通しなければ、お金とは言えない。
ただの記念メダルみたいな物だもんね。
それ以前の日本は物々交換の経済だった。
布と野菜をかえっこしたり、米と魚をかえっこして、日々の生活が
送られていた。
つまり、完全キャッシュレスの時代だ。
お金なんて、誰も見たことがない。
お金という概念はない、もちろんお金を使うというソフトもない。
そんな時代に、お金を流通させると言うことは、はてしなく難しい。
「おじさん、魚ちょうだい。」
「あいよっ。で、何と交換するんだい?」
「ああ、これ・・・。」
「なんだそりゃ?」
「お金だよ。和同開珎ってんだけどね。」
「お金・・・?
たけのこの輪切りみてえだな。食えるのか?」
「いや、おいらも食ってみたけど、固くて食えねえなあ・・。」
「な・なんだと・・。
ば・ばかにするんじゃねえ。とっとと帰れ!」
こうなることは、見えている。
お金を造ることはある意味で簡単だ。
ハードを造る技術の問題だからだ。
でもお金を流通させるということは、大変困難なソフトのプロジェ
クトだ。
為政者としては、できれば先送りしたい政治課題に違いない。
もちろん、元明天皇がやらなくても、後の天皇の誰かがやっただろ
う。
しかし、歴史で重要なことは、誰がそのスイッチを入れたかという
ことだ。
「経済大国日本」のスイッチを入れたのは、まぎれもなく女性の元
明天皇だったのだ。
そこには彼女の大きな苦労と、それを乗り越える想いやアイデア、
そして実行力があったに違いない。
たとえば「和同開珎」という名前にしても、彼女の意気込みや願い
がこもっていたはずだ。
・・・・。
708年、正月。
即位して、まだ1年も経っていない元明天皇の元に、ある知らせが
入った。
報告を聞き終わった彼女は目を輝かせた。
「とうとう見つけたぞ。
銅(あかがね)じゃ。銅の山が見つかったのじゃ。」
元明のその声は、透き通るような熱を帯びていた。
(つづく)