下記を見てほしい。
(1)日本の歴史上、初めての流通貨幣「和同開珎(わどうかいほ
う)」を造った。
(2)日本の歴史上、初めて「平城京」という完成された首都を造っ
た。
(3)「古事記」という現存する最古の歴史書を完成させた。
この3つとも、元明(げんめい)天皇によってなされた事業だ。
いわば、彼女は「歴史3冠王」とも呼べる人なのだ。
その元明さんが中学校の歴史教科書に載っていない・・・。
「王 貞治」ぬきに、日本プロ野球史が語れるであろうか?
否である。
「ジャンボ鶴田」ぬきに、日本プロレス史が語れるか?
否である。
それほど3冠王はすごいのだ。
だのに、なぜ・・。
なぜ、元明さんは教科書から消されたのか・・・。
僕は、今日、その謎に挑むのだ。がはははは。
では、前回のつづきを・・・。
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708年、正月。
即位して、まだ1年も経っていない元明天皇の元に、ある知らせが
入った。
報告を聞き終わった彼女は目を輝かせた。
「とうとう見つけたぞ。
銅(あかがね)じゃ。
銅の山が見つかったのじゃ。」
元明のその声は、透き通るような熱を帯びていた。
彼女は目の前にいる一人の男にむかって、こう言った。
「不比等(ふひと=藤原鎌足の子)。
今までのようなみすぼらしき銅ではないぞ。
純度の高き、本物の自然銅じゃ。
これで、夢がかなうぞ。
われらの父(元明は天智天皇の子)の代からの夢が今、
光を得る時が来たのじゃ。」
「はい。
まことに、めでたきことにござりまする。
すべては帝(みかど)のご仁徳、はかりしれぬ霊力のお陰でござ
りまする。」
不比等の声は、低く地をはうように聞く者に迫ってくる。
「ははは。
世辞(せじ)などいらぬぞ、不比等。
まずは、この喜びを民に知らせねばならぬ。
それには・・。」
元明は間をおいた。
その間にしみこむように、不比等の声が重く響く。
「改元(かいげん)・・・ですな。」
「さすが、不比等。
そのとおり、改元じゃ。
われには、この日のために用意しておいた元号がある。」
「ぜひ、お聞きしとうございまする。」
不比等は体を乗り出した。
それが元明を喜ばせることを充分に心得ていた。
「和銅(わどう)じゃ。
わが大和国(やまとの国)が産みし、やわらかき、上質の自然銅。
それをわれは元号とする。
ただ今より、わが国は和銅元年じゃ。」
「おおっ。
和銅っ。
素晴らしき、元号でございまする。
この不比等、感服いたしました。」
不比等が深々と頭をさげた。
「世辞はよいと申しておるに・・。
不比等。これで・・・。
この銅さえあれば、貨幣が造れるぞ。
貨幣はすべての実りを凌駕(りょうが)する。
貨幣をわれが握るということは、この日本の富のすべてがわれの
手の内に入るということじゃ。
富は力じゃ。
力が一つに集まれば、おのずと国は一つになれる。
われらの父が目指した、真に一つの国となり、唐(とう)に負け
ぬ大国となれるのじゃ。」
「心得ました。
貨幣の件、さっそく手配いたします。
おまかせくだされ。」
「おう。
なんとも心強き、その言葉。
われは、熱きものを感じるぞ。
そして、不比等。
都じゃ。
その富は都を産む力となる・・・。
われは、都をつくるぞ。
今までのように、天皇が変わるたびに移しかえるような都ではな
いぞ。
永遠なる都じゃ。
完成された都じゃ。
唐に負けぬ都を創りあげるぞ。
和銅は、新しき国の扉を開く宝じゃ。」
「まさしく、帝(みかど)のおっしゃるとおりでございまする。
この不比等、ただただ、頭(こうべ)をたれるのみにてございま
する。
おお、そうじゃ。
ひらめきましたぞ。
貨幣に刻む文言。
帝のお言葉をお借りして
『和銅開宝(わどうかいほう)』としてはいかがでしょう。」
「和銅開宝とな・・。
ふむ・・。なんとも良き名じゃ。
そう言えば、唐の貨幣も末字に『宝(寶)』の字をあてるらしい
のう。
そこまで、ふまえてのことじゃな。
さすが、そちは博識じゃ。」
「ははっ。ありがたき幸せでございます。
将来はともかく・・・。
今は、やはり大国「唐」を参考にすることが早き道のりかと存じ
まする。
して、帝。
型はいかがいたしまする?」
「型か・・・。
それも唐に同じでよい。
やはり、円に方じゃ。
天を表す円形に、地を表す方形の穴をあけよ。
わが天皇家の陵墓(りょうぼ)も同じ型じゃ。」
「かしこまりました。」
「不比等よ。頼むぞ。
命をかけ、身を粉にして働いてくれ。
日本の地は和銅を産んだ。
そして、和銅は、新しき日本を産むのじゃ。」
元明のほほをひとすじの涙がつたった。
その冷たさも、あふれんばかりの想いが起こす彼女の熱を消すこと
はなかった。
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「パチパチパチ。うーん、素敵なドラマねえ。(かみさん談)」
おおっ。かみさんが、ほめてくださった。
とまあ、元明と不比等の間でこんなやりとりがあったと僕は思って
るんだ。
こうして できあがった貨幣には「和同開珎」の4文字が刻まれて
いる。
実はこれ、「わどうかいほう」と読むのか「わどうかいちん」と読
むのか、学説が分かれているんだ。
だから、教科書には両方の読み方が書かれているはずだ。
「かいほう」説は「珎」が「寶(宝)」の略字(*うかんむりと貝
をのぞけば、そうなるでしょ。)だと主張し、
「かいちん」説は「珎」が「珍」だと主張している。
僕は上記のドラマ仕立てのように、「かいほう」説だ。
おそらく元明・不比等のコンビは「和銅開寶」と刻みたかったのだ
と思う。
しかし、残念ながら、当時の日本には「銅」や「寶」のような複雑
な文字を刻み込むほどの技術がなかった。
それで、「和銅開寶」の2文字目と4文字目を略字とし、
「和同開珎」と刻印したのだと考えている。
みなさん、どう思います?
「なるほど・・。
私のたぐいまれなる納得力を持ってすれば、あなたの推理も納得
できるわ。
それにしても、元明さんってすごい女性だったのねえ。
あっ、そうそう。
あなたが、最初に言ってた疑問、どうなったの?
なぜ、そんな業績を残した3冠王の元明さんが教科書にのってい
ないのかって疑問よ。(かみさん談)」
おっ。
とうとう、かみさんも興味を持ってきたようです。
それでは、「消された3冠王」の謎にいよいよ迫ります。
げげっ。
というところで、ちょうど時間となりました。
この続きは、また再来週。
「ちょっと。
だめよ、再来週なんて。
そんな先だと、忘れちゃうわよ。
そもそも、あなたの書いてる物なんて、2週間も興味を引っ張れ
る力なんてないわよ。(かみさん談)」
はい・・・。
じゃあ、来週にします。
(つづく)