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  第11章  「天武の謎」(1) 「頭に浮かんだ女性」
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「天武天皇は元明天皇のおじさんじゃない。」

かみさんがそう言い放った。
 

その時、ふいに後ろから声がした。

「はははは。その通り。
 やるじゃないですか、はいつ夫人。」

げげっ。大変だ。
探偵のホークスさんだ。

「ホ・ホークスさん。どうして、ここに・・。」

「はははは。いつものこと。回覧板ですよ。
 日夜、町内のために働くこの私、ヒャーヤッコ・ホークス。
 次回の町内会長選挙、お願いしますよ。」

ご存じの方もいるでしょう。

この「たの歴」に何度か登場してくれた町内の探偵、町内会副会長、
ヒャーヤッコ・ホークス。
冷ややっこ好きのダイエーファンである。
ご存じない方は「たの歴」バックナンバー27「タランチュラの事件
簿」をご覧下さい。

「町内会長選挙の件はわかりました。
 それよりも・・。
 あなたが『たの歴』に出ると、読者さんが減るんですよ。
 今日の所はお引き取り願えませんか。」

僕は言ってやった。

「はははは。はいつさん、ケツの穴の小さい男ですなあ。」

すると横のかみさんが叫んだ。

「し・失礼じゃないですか。ホークスさんっ。」

そうだ、そうだ。
失礼だ。
いいぞ、かみさん。

「うちの おっとっと(かみさんは僕のことを『夫』と言わずに、
 こう呼ぶ。)のケツの穴は大きいんです。」

えっ。なにそれ?

「強がりでもなんでもありません。
 おっとっとのは、痔(ぢ)の手術の後遺症で大きくなったんです。」

ぐわーっ。
言っちゃった。

「えっ。はいつさん、痔の手術したの?」

ホークスさんが哀れっぽくみつめた。

「はあ。もう15年も前のことなんですが・・。」

僕は力無く答えた。

「いぼ? 切れ?」

「ダブルです。もう、うみが出てました。」

「ああ、『痔ろう(ぢろう)』ってやつですね。
 いやあ、うれしいなあ。このホークスもそうなんですよ。」

(作者注:「痔ろう」とは痔の最悪の状態です。たぶん。)

「えっ?
 ホークスさんも痔ろう?」

「ええ、痔ろうです。もう痛くて、痛くて。」

話が弾みかけた。

その時、助手のハトソン君が入ってきた。

「痔の話はそれくらいにして、天武さんの話をしませんか?」

おっと、そうだった。

「先ほど、はいつ夫人が言われたことは探偵学の基本通りです。」

「ホントに?」
かみさんの目が輝いた。

「ええ、ホントです。
 どう考えても、元明天皇は古事記から天武天皇を消し去っていま
 す。
 そして、8年後にできあがった日本書紀で元明天皇に都合のいい
 虚像の天武天皇を作り上げていますね。
 天武さんは、おそらく元明さんのおじさんではありません。
 つまり、あの蘇我入鹿暗殺を行った天智天皇の弟ではないと言う
 ことです。」

「やっぱり。」

僕もうれしくなった。

「ええ。
 私とホークスは天武天皇に注目しました。
 すると、おかしな点がたくさん出てきたのです。」

ハトソン君は続けた。

「まず、日本書紀には天武天皇の生年月日が書かれていません。
 これは、他の天皇と比べてもきわめて不自然なことです。」

たしかに、そうだ。
いつ産まれたかわからないなんて、歴史書としてはおそまつ、不自
然だ。
しかも。
その歴史書は、天武さんが作れと命令したものだから、なお変だ。

「それから、蘇我入鹿の暗殺に、天武さんは何の役割も果たしてい
 ません。
 もし、天智天皇の弟なら、何もしないというのはおかしな話です。」

なるほど・・。

「まだ、あります。天武さんは壬申の乱で勝ち、自力で天皇になっ
 ていることです。」

はい。それは教科書にも載ってます。
けど、それが、どうかしましたか?

「ええ。
 それまでの天皇は、豪族にかつがれて天皇になっています。
 豪族は権力を持つために、天皇になる資格のある皇子に目をつけ
 ます。
 その皇子を、みこしにかつぎ、天皇になれるように働きかけ、時
 には、いくさにまで発展するというのが通例でした。
 でも、天武さんは 誰からも かつがれていません。」

と、いうことは・・?

「はい。
 ということは、彼は天皇になる資格がなかったとも考えられます。
 もし彼が天智天皇の弟なら、当然、天皇になる資格があります。
 当時は、現代と違い、兄弟による天皇位の引継はあたりまえのこ
 とだったからです。」

へーっ。

「まだ、あります。
 彼は壬申(じんしん)の乱の際に、自分を中国の漢の皇帝にたと
 えています。
 天皇家の人間ならば、わざわざ漢の皇帝を持ち出す必要はない
 でしょう。」

ふえーっ。

「さらに。
 彼は今で言う忍術や妖術、占いが得意だったと書かれています。
 ほら、最近ブームになったでしょ。
 彼は、いわゆる陰陽道(おんみょうどう)の専門家だったのです。

 これ、天皇家のおぼっちゃまがするようなことでしょうか。

 そのころの天皇家のおぼっちゃまたちは、けまりをしたり、和歌
 を作ったりと、それはそれは優雅なくらしをしていました。
 まあ、おじゃる丸ですね。

 それが、暗い部屋で、なんともオカルトチックな・・・。

 どう考えても、これまた不自然です。」

なるほど・・。
つまり、天武さんは天皇家の血筋ではないということですね。

「はい。
 おそらくそうでしょう。」

でも・・。
もし、そうだったら、ものすごい反発が出るんじゃないかなあ。

「反発をやわらげる方法があります。
 それは、天皇家から皇后をむかえることです。
 そうすれば、二人の間にできた子は、天皇家の血統ともなります。

 そうそう。
 これまた興味あることなんですが、天武さんの奥さんは天智天皇
 の娘さんなんです。

 でね。
 その奥さんが天武さんの死後、天皇になるんです。
 女帝ですね。

 その女帝。
 後にこう呼ばれます。
 持統(じとう)天皇。
 持統・・・。
 つまり、血統を維持したという意味です。」

「持統さんは痔ろう。」

久々にホークスさんが口を開いた。
が、誰も取り合わなかった。
彼は少し気恥ずかしそうだった。
がんばれ、ホークス。
いつの日かリベンジだ。

「彼は陰陽道の知識から、自分と火が結びついていると考えます。
 壬申の乱の時には、赤い旗を用意し、赤い布を身にまといます。
 それは、火を表していたと考えられます。
 彼にとって火は権力の象徴だったのです。」

ふえー。
ハトソンさん、すごいや。

「でも、まったく天皇家と無関係の人間がいきなり権力を握れると
 は思えません。
 現代よりも、はるかに血筋を重要視していた社会で、そんなこと
 は不可能だとも言えます。
 彼は天皇家ではないが、天皇に近い、あるいは、天皇になっても、
 そう違和感のない血筋を持っていたと考えられます。」

なるほどねえ・・。

「では、わがホークス探偵事務所が出した結論です。」

「待った。
 ハトソン君。
 それを言うのは私の仕事だろう。」

ホークスの目が光った。

「はいつご夫妻。
 よーく、考えてみてくれたまえ。
 天武さんによく似た人がいたでしょう。
 彼は、その人の血筋を引いているはずですな。
 
 ほら・・・。
 占いに通じ、妖術を得意とする。
 火を権力の象徴とする。
 オカルトチックな権力者。
 
 しかも、その人も日本の歴史書からは消されているんです。
 古事記はおろか日本書紀にも載っていません。
 でもね。
 ほとんどの人がその名を知っていますよ。
 だーれだ?」

「うーん・・・。
 まるで赤川次郎の推理小説みたいになってきたわね。」
と、かみさんが言った。

「赤川次郎も痔ろう。」

残念。
ホークスさんのリベンジは失敗に終わった。
 

その瞬間、僕の頭に、ある女性が浮かんできた。

あーっ。

そうだよ。きっとそうだ。

なるほど、そうか。
わかったぞーっ。
 

(つづく)



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