なんとも、華やかなひびき。
あこがれ。
一度は体験したいご身分。
そう、それが「貴族」。
・・・。
縄文・弥生をのぞく日本の歴史区分でもっとも長い「平安時代」。
なにせ、長い長い。
教室にはってある歴史年表をみると、一見、「江戸時代」がチャン
ピオンぽく見えるが、それは、誤解である。
江戸時代より、なんと100年も長いのよね、これが。
そのおよそ400年間もつづく平安の世を支えたのが「貴族」であ
る。
迷子になりそうなほど広いお屋敷に住み、和歌を作り、恋にいきる。
日記を記し、才ある者はエッセイや小説を書きつらねた貴族。
味わってみたいではないか、「貴族生活」。
無理である。
僕の収入では「家族生活」さえ危ういのだ。
しかし、神は人間に想像の翼を与えてくれた。
そうだ。
今日、僕は平安貴族になろう。
想像の世界への逃避と言われてもいい。
1000年の時を超え、あこがれの貴族になるのだ。
そして、つづろう。
たくさんの貴族たちも書いていた日記を・・・。
・・・。
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でこまろ日記
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今日も宴会だ。
もう、毎日のように宴会だ。
まいった、まいった。
こう宴会がつづくと、身が持たない。
特に今日のはひどい、いつ終わるかも知れない雰囲気だ。
飲み過ぎたために、頭ががんがんして、何の宴会だったかも忘れて
しまった。
まあ、いいや。
酔いをさますために、廊下に出てきて、こうして日記を書くことに
した。
・・・。
まろたち貴族は朝のお勤めが早い。
だから、こんな宴会が一番困る。
ちゃあんと時刻通りに宮廷にお勤めに出かけなきゃ出世にひびいて
しまうからだ。
貴族は体力勝負だ。
なにせ、朝が早すぎるのだ。
午前3時ごろには、活動開始だもんね。
午前3時だよ、3時。
外はまだ真っ暗。
それでさ。
身支度整えて、午前6時半までには出勤だもん。
たまんないよ。これ。
そうそう、「蜻蛉日記(かげろうにっき)」って知ってるかい?
摂政(せっしょう)にまでなった藤原兼家(ふじわらの かねいえ)
さんの日常生活を書いた日記なんだけどさ。
それにも書いてあるよ。
朝の忙しさをね。
そういえば、兼家さん、朝ごはん抜きで仕事してるらしいよ。
貴族って、朝からバタバタしてるんだ。
ちなみに書くけどさ。
兼家さんてさ。あの道長(みちなが)さんのパパだよ。
ほら、藤原一族の中でも最高の権力者。
威張りくさったあの道長さんのパパだ。
貴族の中でも最高峰の貴族だよね。
それが、朝飯抜きだもんね。とほほだよ。
まあ、しょうがない。
まろも、出世のためにはがまんしなくっちゃね。
まあ、さいわいなことに、勤務は午前中だけだからね。
だからこそ「朝廷(ちょうてい)」なわけ。
それはそうと、まろもこうして日記を書き始めたんだけど。
この頃、日記が大流行だもんね。
そもそも、一族の子孫にしきたりや伝統を伝えるために始まったん
だよね。
○月○日にこういう行事を行ったとかね。
その際の貴族の心構えとか、儀式の進行の仕方、日常生活の送り方
とかね。
そういうのを子孫への記録として残すわけ。
例えばさ。
さっき紹介した兼家さんのお父さん、師輔(もろすけ)さんって言
うんだけどね。
これがまた、すっごく詳しく書き残してるんだよね。
髪に、くしを入れるのは3日に1度でいい。
手の爪は○○の日に切れ。
足の爪は別の日に切れ。
風呂は5日に1度とかさ。
ここまで決められたんじゃ、子孫はみんな『指示待ち世代』に
なっちゃうよ。
まあ、こんな具合に、一族のマニュアル本として、日記が記録され
ていったんだよね。
だからさ、○○日記ってのが、やけに多いわけ。
で、まろも、この日記を子孫の誰かが読んでくれることを意識して
書くことにするでおじゃる。
まだ見ぬ子孫への手紙みたいなもんだ。
まあ、そんな感じで読んでおくれ。
そういう日記がさ、近頃じゃ、いやにワイドショー的になっちゃっ
てね。
知ってるだろ、
あのプールに長くつかりすぎたくちびるみたいなペンネームの女・・・。
そう、「紫式部(むらさき しきぶ)」ね。
「源氏物語」なんてえ小説まで書いちゃってね。
今、宮廷では、大人気なんだ。
道長さんのお気に入りらしいんだけどね。
ちやほやされちゃってね。
でもさ。
あの女の日記なんて、ひどいもんだよ。
他人のことをけなしてる部分なんて、そりゃあひどい。
しかも、他人と言っても、先輩や同僚、上司だよ。
たとえばさ。
「清少納言(せい しょうなごん)」は、いばってるだとか、
「和泉式部(いずみ しきぶ)」は、けしからんとか。
年寄りの右大臣は酔っぱらうとからんでくる。
とかね。
まあ「清少納言」ってえ女性も少し変わってる。
ペンネームからしてさ。
「少納言」なんて位は男に与えられるものだもんね。
何を考えているんだか・・。
たしかに文才はあるんだよ。
『枕草子』なんてエッセイ、これ、おもしろいよ。
でも、ちょっと皮肉っぽいんだよね。
ほら、まろ達が持ってるじゃん、胸のトコに、かしこまってさ。
少し大きめのしゃもじみたいな板。
あれね、『しゃく』っていうんだよな。
ここだけの秘密だけどね。
まろたちは、この『しゃく』をカンニングの道具に使ってるんだ。
儀式の時に、覚えきれない言葉を『しゃく』にそっと書き込んだり
してね。
で、ちらちらと見るわけ。
それをさ、『枕草子』でばらしてやがるの。
「いやしげなるもの」なんて書いてさ。
やな女だよねえ。
変わってると言えばさ。
紀貫之(きの つらゆき)さんも変。
この人さ、すっごくうまいんだよ和歌。
だのにさ、女性のフリなんかしてさ。
それで、日記を書いてるんだもん。
変だろ?
それも、ひらがなを使ってね。
この人が初めてだよ。
かなで日記を書いたのはね。
「土佐日記」ってタイトルなんだけどさ。
まあ、名前の通り、都から遠く離れた土佐なんかに赴任させられた
うさがたまってたんじゃないかな。
いっそのこと「うさ日記」とでもすればよかったんだ。
紀貫之さんだけじゃないよ。
貴族って言ってもさ。
たまりにたまってるよ、ストレス。
朝は暗いうちから起こされて、ご出勤。
夜は好きでもない酒につき合わされてね。
わけのわかんない自慢話や恋の歌なんか聞かされてね。
何もかも出世のためとがまんして。
同僚どうしで悪口を言い合い、上司にわいろを贈り出世競争。
あげくに、ぽーんと地方にとばされたりしてね。
たいがい単身だよ。単身。
この世は生き地獄じゃないか。
貴族はつらいんだ。
あーあ。涙で文字がにじんできたぞ。
とほほ、まあ、いいや・・。
今、この日記を読んでいる子孫達よ。
まろの時代から何年たっている?
50年、いや100年くらいたってるのか?
だとしたら、もう、こんな苦しみはなくなってるだろうなあ。
人間の知恵で、バラ色の世の中ができあがってるんだろうなあ。
いいなあ、子孫達よ。うらやましいぞ。
・・・。
おや。
なにやら宴会場が静まり返ったぞ。
むっ。
いばりくさった、せきばらいが・・。
おっ。和歌も聞こえてきたぞ。
「この世をば・・・。」
ほう・・。
「わが世とぞ思ふ・・・。」
なるほど。
「望月の欠けたることもなしと思へば。」
ありゃ、みんなで繰り返し始めたぞ。
「この世をばわが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば」
ぷぷぷ。
なんじゃ、こりゃ。
へったくそな歌だなあ。
いばりくさってさあ。
聞いてるだけで、恥ずかしくなっちゃうよ。
げげっ。待てよ・・・。
さっきのせきばらい、あの声・・・。
そして、このいばりくさり。
み・み・み・み
道長さん、いや、道長さまだ!
ひえー。
そうか、思い出したぞ。
今日は道長さまの娘さまが皇后様になられたお祝いだった。
みかん、みかん。
いや、
いかん、いかん。
早く宴会場に戻らねば、出世にひびくぞおっ。
子孫よ。というわけで、ここで筆をおく。
いそげ、いそげ。
おべっか言いまくるぞーーーー。
ではでは。
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