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第16章 藤原氏の平安京 「じじコン・プロジェクト(6)」
      -ホークス事務所、事件録-。
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「藤原氏はさまざまな陰謀をもちいて摂政(せっしょう)という
 最高の権力を手にしました。」
とハトソンさんが、おさらいをするように語った。

そこに、いまむら氏が続いた。

「たしかにイケズな手段のオンパレードといえるかと思います。
 しかし、イケズだけで天下が取れるとは思えません。
 実際、うちの会社の総務はとてもイケズな男ですが、
 ちっとも出世してませんし・・。」

むう。なんて男だ、いまむら氏・・・。
藤原氏の陰謀を『イケズ』と言い放つとは・・。
まあ、『イケズ』といえば、蘇我(そが)氏も負けず劣らずのイ
ケズだったもんな。
しかし、彼らは摂政にはなれなかった。
たしかに、イケズだけでは藤原氏の謎は語れないな。
僕は納得した。

ハトソンさんが、にやりとして言った。
「天皇家だけが独占していた摂政(せっしょう)という最高権力
 の座。
 天皇の血を引かぬ藤原氏が、なぜ他の貴族たちを尻目(しりめ)
 に、その地位につけたのか・・・。」

彼女は静かに続けた。
「この疑問自体に、その謎が隠れていたのです。」

「そのヒントは藤原氏の原点、藤原不比等(ふひと)にあるので
 すね。」
と、いまむら氏が語った。

もう一度、にやりとしたハトソンさんが、悦にいるように話し始め
た。
「そうですわ。
 天智天皇は、死の床にあった大化の改新のパートナー、中臣鎌足
(なかとみの かまたり)に対し、大織冠(たいしょっかん)』
 という当時の最も高い位と、『藤原』という姓を与えました。」

うんうん。知ってる、知ってる。

「何気なく見逃してしまいそうですが、ここにも大きな謎がある
 のです。」

えっ?

「『大織冠』という位を与えたことは理解できるのです。
 鎌足の活躍はまさしく最高位にふさわしいものでしたもの。
 しかし、『中臣』という姓があるのに、あらたに『藤原』とい
 う姓を与えたのは、なぜでしょうか?
 『大織冠』は鎌足がもらった位です。
 しかし、姓は一族が代々受け継いでいくものです。
 この場合は死に直面している鎌足ではなく、その子、不比等が
 もらったに等しいのですから・・。」

「なるほど・・。
 天智天皇は、鎌足にではなく、不比等に『藤原』という姓を与え
 たかったのですね。」といまむら氏が言った。

えーっ?
だって、鎌足は活躍したけどさ。
当時の不比等なんて、まだぺーぺーだよね。

そんなことってあるのかなあ・・。
うーん。なにがなんだか訳がわからんぞ。

とにかく、したり顔ハトソンさんの説明を聞こう。

「鎌足の死後、中臣一族は次々と藤原を名乗り始めます。
 その時、天皇家はどうしたと思います?
 なんと、こういう命令を出したのです。
 『不比等の血を引く者以外は藤原を名乗ってはいけない。
 中臣に戻しなさい。』と・・。
 鎌足の血ではないのです。あくまで不比等の血なのです。
 このことは、まさしく不比等のために『藤原』を与えたという証拠
 にならないでしょうか。
 では、なぜ・・。
 なぜ、天智は鎌足にではなく、不比等に与えたのでしょうか・・。」

「やはり・・・。
 やはり、そうでしたか・・・。
 不比等は鎌足の子では、なかったのですね。」
いまむら氏が、そうつぶやいた。

「ええ・・・。そうです。
 私たちホークス事務所は、そう結論しました。」

「ちょっ・・。
 ちょっと待ってくださいよ。
 じゃあ、不比等はいったい誰の子だったって言うんです?」
僕は思わず叫んだ。

ハトソンさんは、一呼吸おいて答えた。
「天智天皇・・。
 天智天皇の子ですわ。」

「そ・・。そんな馬鹿な・・。」

「私たちは調査の段階で、驚くべき事実に出会いました。
 実は、不比等の母は、天智天皇が鎌足に与えた女性でしたの・・。」

「ええっ!
 与えたってことは・・。
 天智天皇は自分の妻を、部下の鎌足に・・。ってことですか。
 めちゃくちゃイケズですよ。それって。」

「ええ・・。現代の感覚からすれば、めっちゃイケズです。
 でも、当時としては当たり前のように行われていた行為なのです。
 そして・・。」

「そして?」

「その女性は、鎌足に嫁いだ時、すでに不比等をみごもっていた可
 能性があるのです。
 だとすると、不比等は天智の息子ということに・・。」

「そ・そんな・・。なにか証拠でもあるのですか?」

「いいえ・・。証拠なんてありはしません。
 でも。
 でも、だからこそ天皇は、不比等に対し『藤原』という姓を与え、
 不比等の子孫以外が名乗ることを許さなかったのではないでしょ
 うか。」

いまむら氏が言った。
「納豆食えますな。いや、納得できますな。」

げげっ。
また、あのギャグじゃないか。
しかし、この緊迫した雰囲気のいきぬきにはぴったりだ・・。
あひゃっ。
そもそも、僕らは、なんでこんなに熱気をおびてきたんだ?
歴史って人を熱くさせるんだなあ・・。しみじみ。

「実は・・。
 平安時代後期に書かれた歴史物語『大鏡(おおかがみ)』にも
 同様のことが書かれているのです。
 不比等が天智天皇の子・・。
 それが真実であるかどうか・・。これは誰にもわかりません。
 永遠のミステリーですわ。
 しかし、すくなくとも天智天皇は、不比等がわが子であると考え
 ていたと思われるのです。」

なるほど・・。
僕にも納豆食えるぞ。

「あのお・・。
 せっかく下関から出てきたのですから、私にまとめさせてもらえ
 ますか?」

おおっ。かっこいいぞ、いまむら氏。

「こほん。
 では、まいります。
 私、いまむらは、安くて、すいてて、寡黙な散髪屋を求め、
 はるばる下関からやってまいりました。
 ところが・・。
 みなさま、ご存知のように理容『ほしの』という地獄のような店に
 入ってしまいました。
 店の主人は最悪のおしゃべり好き。
 おまけに、そこにセットされたおどろおどろしい腐った海産物ツリー
 の放つ恐るべき異臭に、不覚にも気を失ってしまいました。
 そして、ホークスさんに助け出され、ここに運び込まれたわけです。」

おおっ。自己紹介から始めたのか。

「えー。では、本題にうつってまいります。
 つまり、ホークス事務所はこう推理したというわけですね。

 天皇家の独占物だった摂政という地位。
 天皇の血縁ではないのに、なぜ藤原氏だけがその位につけたのか。
 その問いは、問い自体が迷宮だったのですね。

 天皇の血縁であるがゆえに藤原氏だけが摂政になれた。

 藤原という姓は、天皇の血を引く一族に与えられたものだった・・。
 その血筋こそ、摂関(せっかん)政治という「じじコン」システムを生
 み出す鍵だった・・。
 こういう感じではないでしょうか。

 いやあ。
 この推理が真実なのかどうかは別問題として、これで、藤原一族の秘密
 に少し近づけた気がします。

 はるばる関門海峡を渡った甲斐がありました。」

いまむら氏が会心の笑みをうかべた。

ホークス事務所に拍手が起こり、町は小春日和につつまれた。
こうして、僕らの長い一日が終わった。

その後、僕といまむら氏は意気投合し、彼が発行するメルマガ
「今日のいきぬき」と「たの歴」は姉妹誌となった。

そうそう。書き忘れるところだった。

僕らの気を失わせた例の海産物ツリー。
あれは、ホークスが『ほしの』のおやじをそそのかし、
店に持ち込んだものだったんだ。

腐った頃合を見計らって、僕を店に誘い込んだというわけ。

理由は単純。
『ほしの』の評判を落とし、自分が次の町内会長の座を手に入れるため
だった。

まさしく『イケズ』な男だ。ホークス・・・。

もちろん、彼は町内会長選挙に破れた。

いまむらさんの言った通りだ。
イケズだけで、天下はとれないのだなあ・・。

ではでは。

(おわり)

もちろん、たの歴は歴史資料をのぞき、ハックション、もとい。
フィクションであります。
現実とはなんら関係ありません。
念のため。

 


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