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「花のぽとり」
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きれいな花がありました。

深い青色に、鮮やかな白いふちどりの花びら。

真ん中でピンと胸を張る黄色いめしべに、周りを取り囲む水色のお
しべ達。
その香りは、遠くの村まで届きました。

虫達は きそいあって 花のもとにやってきました。

他の花達でさえ、その美しさにうっとりしてしまうほどでした。

少し冷たい朝露で体を洗い、高原の空気のようにすみきった声で歌
う・・・。
それが、その花の毎日でした。
 

ある日のことです。

「おやっ。ふちの辺りが少し汚れているぞ。」
花が、そうつぶやきました。

よく見ると、ほんの少しだけ白に茶色が混ざっていました。
花は気になりました。
そして、いつもより多くの朝露を集めて体を洗いました。
その日は、たった2匹のハチがやってきただけでした。

次の朝、花はびっくりしました。
花びらが1枚残らず、茶色のふちに変わってしまっていたからです。

「なんて汚いんだ。このまま、僕はみにくくなってしまうのか。」

花は、昨日よりも、もっと多くの朝露を集め、ごしごし洗いました。
でも、汚れは落ちませんでした。

そのまた次の朝、花は昨日よりもっとびっくりしました。

あれほど、お気に入りだった花びらが1枚もなくなっていたからで
す。
下をみると、しわしわになった茶色い花びらが落ちていました。

花は目をとじました。
すると、あのご自慢の花びらがはっきり見えました。たくさんの虫
達が、飛び交っています。
うれしくなって目をあけました。
そこには、1かけらの花びらもなく、1匹の虫もいませんでした。

その日から、花は歌うことをやめました。
そして、目をあけることをやめました。
 

何回も何回も明るい朝が来ました。
けれども、花は、ずっと、深い深い暗闇の中にいました。

ある夜のことです。

ぽとり・・・。

花は小さな音を聞きました。

それは、小さな自分が地面に落ちた音でした。

それは、ほんのりとあたたかく、ふんわりと柔らかい音でした。

「ああ・・・。なんて、気持ちがいいんだろう。」

花は目をあけました。

花はみにくいと思っていた、自分の花びらに包まれていました。

ほんの少し風がふき、さらさらとした土をはこんできました。
花は土の中でゆっくりと目をとじました。

やがて、雪の季節になり、また、春がやってきました。

花が眠る土の中から、小さな新しい命が芽をだしていました。

おわり。




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