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『ふでばこの中で』
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鉛筆は消しゴムが好きでした。

やわらかな白色のゴム。
桃のかおり。

ふでばこの中に一緒にいられるだけで幸せでした。

ずっと、ずっとこのままでいたい。

話しかけることはできないけれど、鉛筆は幸せでした。

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ある日、鉛筆は見ました。

消しゴムの頭が、黒くよごれ、すりへっているのです。

鉛筆は思います。

「僕が書きまちがえたからだ。
 そのたびに、消しゴムさんが小さくなっていくんだ。
 なんてことだ。
 ごめんね。
 もう、失敗しないように、がんばるよ。」

鉛筆は2度と失敗しないようにと必死になりました。

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そして、いつのまにか・・。

彼は『書きまちがえない鉛筆』になりました。

ふでばこの中には彼の他にも3本の鉛筆がありました。

でも、ご主人はいつも彼ばかりに手をのばしました。

お陰で、消しゴムは、ずっとずっときれいなままでした。

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消しゴムは鉛筆が好きでした。

話すことはできないけれど。

いつもがんばる鉛筆くんが好きでした。

でも。

鉛筆くんは、がんばれば、がんばるほど削られていくのです。

消しゴムは心配でした。

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小さく小さくなってしまった鉛筆。

とうとう、ご主人の手では持てないほど小さくなりました。

「もう、お別れの時だな。」

鉛筆は、そう感じました。

桃のかおりが鉛筆を包みました。

言葉が通じないことは知っているけれど、鉛筆は言いました。

「ありがとう。消しゴムさん。」

言葉が通じないことは知っているけれど、消しゴムは言いました。

「ありがとう。鉛筆くん。」
 

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ふでばこのふたが開きました。

ご主人は、短くなった鉛筆をそっと外に出しました。

鉛筆は目を閉じました。

「今まで、楽しかったな。」

そう思いました。

風に乗って、桃のかおりが運ばれてきました。

鉛筆は幸せな気持ちになりました。

ご主人は、鉛筆をじっと見つめました。

そして。

言葉が通じないことは知っているけれど、言いました。

「ありがとう、鉛筆くん。」

ご主人は、さっきと同じように、そっと鉛筆を戻しました。

ご主人も桃のかおりに包まれました。
 

誰にも聞こえなかったけれど、

ふでばこの中で拍手が起きました。
 

おわり。




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