「佐藤君のマラソン」-2000/1/26-

 娘の通う小学校でマラソン大会が開かれました。
僕はマラソン大会と言えば,ある男の子を思い出すのです。

その男の子は佐藤君と言います。
彼が5年生の時に担任になったのです。
背は小さくて、やや肥満気味男の子でした。

泳ぐこと以外の運動は大の苦手です。
「マラソンなんて苦手中の苦手だ。」と公言していました。

「誰がマラソンなんか体育に入れたんやろ。
 すかんなあ。」
そう言ってきました。
「じゃあ、何だったらいいんだ?」
と聞きました。
「僕、マラソン以外なら何でもいいよ。」
意外な答えでした。
だって、彼はほとんどの運動が苦手だからです。
「なぜ、マラソン以外ならいいの?」
「だって、我慢の時間が少なくていいやん。
 マラソンは長過ぎや。」

彼は練習中もいつもビリでした。
その学年は3クラスあり、マラソンは合同体育で行っていたんです。
そして、練習のたびにゴールで順位カードを渡していました。

佐藤君はいつも真っ赤な顔で息を切らしながら歩いてゴールしていました。
常に最後の順位カードを受け取っていました。

もちろんその順位カードは再使用しますから練習の度に教員が回収するんです。
ある時、僕の所に順位カードを返しにきた佐藤君がこう言ったんです。
「先生、僕の順位カードすごいんで。」
「ほう、すごいか。」
「なぜか、わかる?」
「君が、がんばったって証拠だからだろ。」
「いいや、それやったら、みんな一緒や。僕のは特別や。」
「うーん、ごめん、わからんなあ。」
「いつもいつも、マラソンに参加した人数がわかるんや。」
「えっ?」
「僕のカードが121やったら、121人が参加したっちゅうことや。」
「おおっ!」
「これは、1位の人のカードでもわからんよ。僕のだけや。だから、僕のカードはすごいんや。」

いつも、ビリの佐藤君がそういったんです。
いや、ビリだからこそ言える言葉です。

僕ら教員が習慣的につけてきた順位という序列を、彼は彼なりに消化し、参加していたのです。

マラソン大会のたびに思い出す佐藤君。

佐藤君はもう大人になって社会に出ているはずです。
彼はこの大人社会をどのように生きているんでしょうか。
(了)



ご意見ご批判は今すぐメール
あなたのご意見などはHPやメールマガジンにて紹介する場合があります。
その際はすべて匿名とします。

ホームへ       語句別索引へ counter