だって「しかる」には「さっきは言い過ぎたな、おとうちゃんも悪かった。」って
言えますから。
これが「ほめる」だと難しいです。
「さっきは、ほめすぎたな。悪かった。」って何だか変ですもん。
学校の教員になったとき、先輩達から言われました。
「とにかく、子どものいいところを見つけて、ほめること。」
「ほめれば、伸びる。」
先輩の言葉に納得した僕は、一生懸命に、ほめました。
美智子ちゃんは小学校4年生。僕が受け持った女の子です。
彼女は1学期の目標をこう決めました。
「教室でゴミを見つけたら、必ず拾います。」
それから、こつこつとゴミを見つけては拾っていたのです。
僕も、その姿を見かけたときは必ず声をかけました。
「がんばってるね。」
「えらいぞ。」
もともと無口な美智子ちゃんは、「にこ」っと笑顔で答えます。
桜前線が梅雨前線にかわるまで、彼女はがんばり続けたのですね。
そして、美智子ちゃんは1学期の反省にこう書きました。
「がんばって、ゴミを拾えました。
先生が時々ほめてくれたので、とてもうれしかったです。
2学期もほめられるようにがんばります。」
美智子ちゃんが、ゴミを拾い続けたこと・・。
これは、とても素晴らしいことだと思います。
僕は、それを支えているつもりでした。
しかし、です。
しかし、彼女は「ほめられるように、がんばります。」と書いたのです。
言葉では表せないようなショックを受けました。
僕の「ほめる」が、彼女のベクトルの方向を変えてしまったのかもしれないのです。
いえ、きっとそうでしょう。
「ゴミを拾う」という彼女の内側に向かっていた心を、「ほめられる」という外側
に向かう心に変えたのです。
僕がするべきことは、「ほめる」ではなかったと思いました。
僕がすべきことは彼女と一緒にゴミを拾うことでした。
そして、そのゴミを拾う輪が広がれば、教室にゴミは無くなっていったはずです。
美智子ちゃんは、僕に「ほめる難しさ」を教えてくれました。
(了)