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■「4学期(その1)」-2000/04/10-
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僕の住む町では、今日一斉に小学校の始業式が行われます。
多くの子ども達が新しい学年になります。

僕も現役の教員だった頃、進級してきた子ども達と対面し新しい気持ちになったものです。

「君たちは、もう1年生ではないよ。
 今日から2年生です。
 気持ちを切り替えて、はりきって学校生活を送ろうね。」

そんな言葉で2年生の担任としての1年間を始めていました。
新しい教科書を子ども達に渡し、保護者に対する挨拶や自己紹介のプリントを配る。
自分自身も少しの緊張感と喜びとともに初日を味わえたものでした。

「どんな先生なのかなあ。」
多くの子ども達は心配と期待を同居させた目で僕を見つめています。
けれども、僕の顔を見ることもできずにうつむいている女の子もいました。
名札からその子が「うめだ さき」ちゃんだとわかりました。

1年間の最初の日、一斉に「さようなら」を言った後、子ども一人一人と握手をしてから帰宅をさせます。
僕はその時に子ども達の名前を覚えるように努めていました。
「おお、君はゆうきくんか、おうちの人が勇気が出るようにつけてくれたんだな。」
「よしこちゃんか、おうちの人は元気の良い子になるようにって願いがあったのかな。
 えっ違う?
 そうか頭の良い子になってねっておとうさんが言ってたのか。
 教えてくれてありがとう。」
そんな短い会話の中から打ち解けたつながりが少しずつできてきていたのです。

さきちゃんの番が来ました。
「さきちゃん、こんにちは、よろしくね。」
さきちゃんは、何も言わずに目をそらしました。
握手をしている僕の手を握りもせずに、さきちゃんはこわばった表情をしていました。
こんなことは、その頃の僕にとって初めての経験でした。

僕はその夜、さきちゃんの自宅に電話をかけました。
あまり元気そうでなかったさきちゃんの様子をお母さんに話しました。
さきちゃんのお母さんは、さきちゃんに学校の様子を聞いてみて、明日連絡帳に書きます、と言いました。
僕には、その夜はとても長い夜になりました。
「さきちゃん、明日、学校にくるかなあ、もしかすると休むんじゃないかなあ。」
気になって、考え込んでしまいます。
枕元の時計が2時や3時をしめしても、なかなか寝付けませんでした。

つぎの日、さきちゃんは、学校へ来ていました。
教卓の上に置かれた連絡帳の中にさきちゃんのお母さんからのお便りがありました。

「先生へ、1年間、よろしくお願いします。
 昨日はお電話ありがとうございました。」
そういう書き出しで、はじめられていたそのお便りは、その後の僕を少し変えてくれました。

その(2)に続きます。



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