「なんだい、順平君、元気いいなあ。」
「あのな、『たんぽぽ』ち、英語で『なんとかライオン』ち いうんやろ。」
「おお、順平君よく知ってるなあ。」
「うん、僕、塾でならったんや。」
僕は子ども達に「ダンディ・ライオン」という言葉を教えました。
すると予想通り子ども達から質問が来ました。
「せんせ、なんで『たんぽぽ』が『ライオン』なん?」
「あんな、かわいい花がなんでライオンと関係あるん?」
口々に疑問を言葉にする子ども達。
実は、僕は、なぜ「たんぽぽ」が「ダンディ・ライオン」と呼ばれるのか知ら
なかったのです。
「うーん、先生もよく知らないんやけど、、。たぶん、、。」
「たぶん、何?」
子どもの視線が集まります。
「たぶん、花の形がライオンの『たてがみ』みたいに見えるからじゃないかな。
あっ!今気がついたけれど、『ダンディ』って『男』って意味じゃないかな。
だから、雄ライオンのたてがみだよ。きっと。」
僕は黒板にライオンの絵とたんぽぽの絵を描き、自己流の解釈を述べました。
「でもね、こりゃあ、先生の勝手な推理や。
違ってるかもしれんなあ。
もし、おうちの人や塾の先生なんかで知ってる人がいたら聞いてきてね。」
夢ちゃんのお母さんからの連絡手紙が届いたのはそれから2,3日経ってのこ
とでした。
「先生、先日の家庭訪問では、失礼しました。」
の文で始まったお母さんの手紙はこう続いていました。
「夢子が学校でのことを朝ごはんの時によく話してくれます。
たんぽぽのことを英語で『ダンディ・ライオン』と言うんだよ。
先生が教えてくれたよ。
先生が『雄ライオン』のことだと思うと言ったよ。
そんなふうに、たどたどしく知らせてくれました。
学校のことを楽しそうに話す夢子をみると、こちらまで嬉しくなります。
でも、先生、たぶん『雄ライオン』の意味ではないと思います。
『ダンディ』は『歯』に関係していると思います。
ライオンの歯の形に似ているから『ダンディ・ライオン』だと思います。」
ああ、そうだったのか、、。
僕は新たな知識を吸収できて嬉しい気持ちがしました。
手紙はさらに続いていました。
「先生、実は『ダンディ・ライオン』の話を夢子から聞いた時、驚きました。
まさか、夢子の口からその名前が出るとは思ってもいませんでした。
実は『ダンディ・ライオン』は私のお店の名前なのです。
もちろん、夢子は知りません。
だから、本当にびっくりしました。
そして、これは神様が与えてくれたチャンスなのだろう、と思いました。
夢子にお店のこと、仕事のこと、できる範囲で話しました。
夢子にどれだけのことが伝わったかはわかりません。
でも、最後に『おかあさん、がんばってね。』と言ってくれました。
先生、ありがとうございました。
本当に嬉しかったです。
これからも、よろしくお願いします。」
手紙には涙のあとがありました。
僕も、心が揺れました。
いまだに、その揺れは何が原因なのかは、はっきりわかりません。
僕は夢ちゃんの顔を見ました。
「ありがとう、夢ちゃん。」
僕の口から出た言葉はそれでした。
なぜそんな言葉が出たのか、、その言葉の意味も僕にははっきりしませんでした。
僕たちは人生を通じていろんな人と出会います。
それは、いろんな職業を知っていく過程ともなります。
残念ながら、社会のシステムとして、その職業間に「不平等」が存在することは否
めないと思うのです。
しかし、すべての人が対等であるように、すべての職が対等であるはずです。
それは、システムの問題ではなく、感性・意識の分野だからです。
それを子ども達に伝えなければなりません。
それを伝えることが社会を見つめる目を養い、人間を感じる心を育てることになると
信じています。
今はそう確信しています。
僕はお母さんの話が教員として大きな財産になったとお礼を言いました。
お母さんは、今後、自身の経験を保護者会などで話したいと言いました。
そして、必要があればいろんな場で紹介していいですよ、と言ってくれました。
夢ちゃんはそれから約1年後、転校することになったのです。
その時は、僕はもう夢ちゃんの担任ではなくなっていました。
夢ちゃんのお母さんが名付けた「ダンディ・ライオン」。
その願いは「たんぽぽの綿毛」だったんじゃないのかな。
きっと、どこかで新しい芽生えを迎えているのだと思います。
(了)
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