その(1)でも述べましたように実質的に教育長は地方教育行政のトップです。
ですから、その言動は現場の校長に大きな影響力を持ちます。
僕が現場の教師だった頃ですが、「教育長が視察に来る」ことになれば大変でした。
校長から全校大掃除の指示が出たり、花壇の手入れ、ひどい場合は植木の調達指示まで出ました。
まさに教育長の一言は校長にとって「鶴の一声」に相当するといっても過言ではないのです。
徳島県美馬郡穴吹町で問題は起こりました。(1999/11)
ある行政上の問題(これはいわゆる「教育問題」ではありません。)で署名活動が行われました。
その署名を教育長が集めることを思い立ったのです。
「よしっ、がんばって集めるぞ!!」と彼は思ったに違いありません。
そして、その思考がこう発展してしまったようなのです。
「うーん、何とかたくさん早く集める方法はないかなぁ。」
「そうだ、校長に頼んじゃえ。」
日頃、校長に指示を出しつけている彼は、簡単にそう考えたのでしょう。
こうして彼は教育行政とは何の関係もない署名を校長に依頼したのです。
「この署名、30人ばかり集めてくれ。」と7人の校長に頼んだのです。
頼まれた校長はどうなるか、、。
「こんな依頼はおかしいよなぁ」と思ったはずです。
しかし、「鶴の一声」に答えようとする人もいます。
もちろん、反発する校長もいたことでしょう。
結局、何人かの校長は「一声」通り署名を取りまとめました。
教育長の「依頼」は教育関係者にとってある種の「指示」とも受け取れます。
また、教育長はそう自覚することが必要だと思うんです。
実はこの件に関しては僕はもう一つ特筆すべきことがあると思うのです。
それは、この教育長の謝りっぷりなのです。
この件が発覚し、問題化されて彼は素直に謝りました。
その(1)の例のように開き直ることはありませんでした。
やろうと思えば言い訳はどうにでもできたと思うのです。
「個人的に頼んだだけで、地位利用ではない」などのように。
しかし、彼はすぐに謝り、集まった署名を廃棄したのです。
これは立派なことだと思うのです。
それでも繰り返しになりますが言います。
「教育長を僕らの手で選べる制度」が必要です。