内容は怪談話のような感じでした。
このメールを5人に同じ文面で送りなさい、という注文までついていました。
そうしないと呪われるのだそうです。
僕にメールをくれた人も、その呪いが怖くて、しかたなしに送ってしまったんだろうと思います。
僕が子どもの頃にも、同じようなシステムの「はがき」がありました。
その「はがき」は「不幸の手紙」と呼ばれていました。
やっぱり、文面を変えずに5人に出さなければ呪いがかかって不幸になる、というものでした。
それで、今回そのメールをもらった時に「なつかしいなあ。」と思ってしまいました。
30年たった今でも、このようなシステムが続いているんだなあ、そう思うと不思議な気持ちでした。
ところで僕には「呪い」という言葉で思い出すことがもう一つあるんです。
これからご紹介します。
もちろん、恐ろしい話をするつもりではありません。
少し、そんな要素があるかもしれませんが、それは本筋ではありません。
また、ここから先を読んでも読まなくても「呪い」は訪れません。
どうぞ、ご安心下さい。
それは、僕が大学に通っていた頃のことです。
ゼミの先輩がいきなり僕たちに言いました。
「いいか!!
3年全員、今晩、11時、北門に集合すること。」
あっけにとられた僕たちは、口々に質問しました。
「何ですか、急にどうしたんですか?」
「何かいいことでもあるんですか?」
「おごってくれるんですか?」
先輩は言いました。
「ふふふ、、。化学ゼミ恒例のきもだめしじゃあ!!」
「えーっ!」
「そんな話、聞いたこともないですよ。」
「本当に恒例なんですか!?」
「おお!今年から恒例になったんじゃい。
俺が化学ゼミのルールブックじゃ。」
先輩は僕がいまだに忘れられない、そしてなんだかよくわからない迷セリフを言いました。
そして、付け加えました。
「そうそう、酒は飲んでくるなよ。恐怖心が薄れるからな。」
僕の大学には東西南北に門があるのです。
その夜、僕たち3年生全員(8人)と先輩(6人)が北門前に集まりました。
「酒は飲んでくるなよ。」と言った吉川先輩は、すでに酔っぱらっていたようでした。
僕たちは、これから始まるであろう「きもだめし」よりも酒癖の悪い吉川先輩の方が不気味でした。
坂下先輩が「まあ、聞けや。」と僕たちに言いました。
「この北門だけが、我が校開設以来、修復されとらんことは、みんな知ってるよな。」
僕は初めて知ったのですが、なんだか昔から知っているような気になってしまいました。
夜は深まり、やせ形の坂下先輩の声がいやに低く感じられました。
今後恒例となるかも知れない「きもだめし」の怪談はこうしてスタートしたのです。
その(2)につづきます。
いつものことですが、まったく「コラム」とは、ほど遠い文章ですみません。