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■「金魚と僕(1)」 -2000/04/18-
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僕が小学生の頃のことです。
学校から帰ると母が「ガード下に金魚屋さんができてたよ。」と教えてくれました。
うれしくなって、近所の健くんをさそって、さっそくのぞきに行きました。

今考えれば10坪くらいのお店なのでしょうが、当時は広い広いお店に思えました。
中は薄暗い感じでした。
たくさんの水槽が置かれていました。
そして、ちょっと神秘的な感じでそれぞれの水槽に明かりが照らされているんです。
母は金魚屋さんと言ったのですが熱帯魚屋さんという雰囲気でした。

今では珍しくもないのですが、グッピーというめだかのきらきらしたような魚。
本の中でしか見たことのないエンジェルフィッシュ。
名前は忘れましたが、しょっちゅうキスばかりしている魚。
優雅に泳ぐドイツ鯉という魚。

縁日の金魚すくいしかなじみのなかった僕たちは本当に興奮していたのです。
「すげー!」
「本当やな、すげーなあ。」
「この魚、ガラスにまでキスしよるぞ。」
「この魚、輪くぐりするらしいぞ、本にそう書いちょった。」
「飼ってみたいなあ。」
「けど、水槽もないで。」
「金魚ばちならあるやんか。でもブクブクがないしなあ。」
「飼ってもすぐ死んでしまうかもしれんしなあ。」

店員さんは女性が一人でした。
かっぽう着を着たおばさんでした。きっと店主さんだったのでしょう。
ハイカラな雰囲気なんて全然ありませんでした。
だから、僕らも気安く声をかけました。

「おばちゃん、魚、飼うのむずかしい?」
僕らが聞くとおばちゃんは「簡単や。」と言いました。
そして、こう続けたのです。
「ただエサのやりすぎはだめや。
 すぐ食べ過ぎになって死んでしまうよ。」

「えっ、そんなに食べるん?」
「お腹いっぱいになっても、死ぬまで食べるん?」
僕も健くんも初めて知ったことでした。

「ああ、たぶん魚は自分が『お腹いっぱい』かどうかわからんのと思うよ。」
おばちゃんも不思議そうな顔をしていました。

「そんなん、おかしいで。
 お腹いっぱいかどうかわからんなんて馬鹿みたいや。」
僕も健くんも言いました。

初めて行った熱帯魚のお店、神秘的な照明、そしておばちゃんの話。
意識はしていなかったのだけれど、子どもの頃の強烈な印象として僕の心に残っていたのでしょう。

僕はまったく違う場面でその話を思い出すことになったのです。

その(2)に続きます。



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