教室にいた他の子ども達も集まってきました。
「よし、じゃあ、比べてみよう。」
僕はますみちゃんの手のひらに自分の手を合わせました。
「ひゃあ、先生、大きい!!」
ますみちゃんは言いました。
周りで見ていた子ども達も「先生の勝ちぃ。」なんて言い出しました。
「先生やっぱり、だめや、、。」
ますみちゃんの言葉に僕にとっての謎は深まるばかりです。
「えっ、何がだめなの?」
「先生の手が大きすぎるんや。」
「そりゃあ、先生の方が大きいに決まってるよ。」
「うん、だから、使いにくいはずや。」
「えっ!色鉛筆のことかい?」
「うん、色鉛筆や。私の色鉛筆、短いんや。」
そう言ってますみちゃんは色鉛筆のケースを持ってきました。
鉄製のそのふたを開けてみて、僕はビックリしたのです。
どの色鉛筆もますみちゃんが言ったように、とても短かったのです。
そして、その鉄製のふたの裏にはこう書いてありました。
「ぱんだぐみ:きだ ますみ」
「喜田さん、これ、、、。」
「うん、これ、保育園に入るときにお母ちゃんが買ってくれたんよ。
ずっと、つかっちょったら、こんなに短くなったんよ。
だけん、先生のように大きな手の人には使いにくいはずや。」
「すごーい、ますみちゃん大事にしちょったんやねえ。」
「本当や、すごいなあ。私のなんか、もうどこにあるかわからんよ。」
「先生、どんだけ つこうたか 測ってみてよ。」
周りの子ども達が口々に言いました。
当時僕が発行していた学級通信にはこんなタイトルとデーターがありました。
タイトル:「喜田さんの10.7センチメートル」
「色鉛筆の元々の長さ16センチメートル。
1番みじかい黄色の色鉛筆の今の長さ5.3センチメートル。
その差、10.7センチメートル。」
僕には、残った5.3センチの色鉛筆はもちろん、いや、むしろ、なくなってしまった
10.7センチの存在を大事にしているますみちゃんを感じたのです。
ますみちゃんのなぞなぞの答えは、とても、暖かく、うれしいものでした。
しかし、その当時の僕の教卓の上には、悲しい光景があったのも事実なのです。
それは、たくさんの物でみちみちた「落とし物箱」でした。
ますみちゃんの答えは、僕に対する新しい問いかけに他ならなかったのです。
そして、僕は、残念ながらその答えを、まだ見つけていません。
(了)