それは梅の花が咲き始める頃でした。
子ども達を受け持ち、1年間が過ぎようとする頃です。
どのクラスも、いよいよお別れかなあ、そんな雰囲気であふれてきます。
僕が担任した5の1もそんなムードが漂ってきていました。
吉野君が僕の所にやってきました。
彼は、クラスの「お別れドッジボール」企画係りなのです。
「先生、来週の金曜日の5・6時間目を下さい。」
「5時間目は特活の時間か、6時間目の算数も予定は全部すんでるしOKだな。」
「ありがとうございます。」
「プログラムや役割分担は大丈夫かい?」
「はい、バッチリです。今日みんなに発表します。」
吉野君は満面の笑みを僕に見せました。
その日の帰りの会の時です。
吉野君がみんなに報告をしたんです。
「えー、みなさんに報告します。
この前、学級会で話し合ったお別れドッジボールについてです。
来週の金曜日の5・6時間目にきまりました。
ルールや役割分担は紙に書いて後ろに貼っています。
よく見ておいて下さい。
なお、優勝したチームには賞品があります。」
多くの子どもがびっくりしたような顔をしました。
そして、担任の僕の方を見ました。
その顔は先生がどんな反応をするんだろうか、という感じでした。
その時、上川さんが発言しました。
「お別れドッジボールに、優勝したら賞品なんておかしいと思います。」
子ども達の視線は上川さんに移りました。
井原君が続きました。
「賞品なんてあったら、かえって楽しくなくなると思います。
どうしたん?吉野くん、何か変だぞ。」
今度は吉野君に目が向けられました。
「うん、いつも先生がそんなふうに言ってるから、僕もそうやなあと思ってたんや。」
吉野君は堂々と答えました。
井原君は食い下がります。
「じゃあ、なんで、賞品なんか言いだしたん?学級会でもそんな話はでてないやん。」
だんだん子ども達はエキサイトして言葉づかいも変わってきました。
「うん、あんな、僕、このまえの市の野球大会で優勝したやろ。」
吉野君は地区の野球チームのエースだったんです。
そのことは、どの子どもも知っていました。
「でな、その時にわかったことがあるんや。
それで、今度のドッジも優勝チームには賞品があるんや。」
僕は吉野君が何を言い出すのか見当もつきませんでした。
僕が「お別れドッジボールに賞品など不要だ」と思っていることは彼だって百も承知のはずです。
そして、そんな学級作りを僕はしてきたつもりだったのです。
それが、学年末になって、、。
他の子ども達も、吉野君がどんなことを言うのかと興味しんしんの目つきで見つめていました。
(その2につづきます)