学年末のことです。
「お別れドッジボール」の優勝チームに賞品があります。
そう企画係りの吉野君は発表しました。
上川さんや井原君は、賞品について反対の意見を言いました。
賞品はいらないというのです。
「僕たちのチームが優勝した時、優勝旗をもらったんや。」
吉野君は5年生にして地区の野球チームのエースでした。
「その時、とってもうれしかったんや。
でもな、優勝旗は来年返すんや。
それでも、すごく、うれしかったんや。
それでな、わかったんや。
優勝の賞品は優勝旗じゃないんや、『勝利の喜び』や。
だから今度のお別れドッジの優勝チームの賞品も『勝利の喜び』や!!」
吉野君はまたもや満面の笑みを浮かべていました。
クラスは大きな拍手で包まれました。
吉野君の笑顔は照れくさそうな笑顔に変わりました。
その拍手を破るように上川さんがまた発言しました。
「けど、吉野君。
それやったら、負けたチームはどうなるん。
喜びがないやん。」
吉野君はその質問を予想していたようでした。
彼は落ち着いて言いました。
「負けたチームにも勝ったチームにも喜びがあります!!
ドッジは来週の金曜日の5・6時間目です。
なんと算数がドッジに変わるのです!!
これが、最高の喜びでーす!!」
クラスは再び大きな拍手に包まれました。
上川さんも井原君も大きな拍手をしていました。
吉野君の言った「勝利の喜び」、これも僕の考えとは少し違います。
いえ、かなり違うと言っても過言ではありません。
しかし、僕は嬉しかった。
わき上がったクラスの大きな拍手が嬉しかった。
みなさんには、よく、わからないかもしれません。
けれども、今思い出しても目頭が熱くなる、そんな思い出なのです。
すべての教員は自分でも何だかよくわからない嬉しい思い出を持っているのではないでしょうか。
吉野君はその後も野球を続け、甲子園を目指す高校生になりました。
僕は「ドッジに負けないくらいおもしろい算数の授業」は、できないまま教員生活を終えました。
梅の花の咲き始める頃、僕は幸せ気分に包まれます。