化学の授業中のことです。
「アインシュタインは自然は単純だと言いました。」
なのに、どうして分子とかが結びつきに『共有』とか『イオン』とかあるんですか?」
という今野君の質問に高野先生はこう言われました。
「君には、友達がいるかい?」
きょとんとする僕たち。
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今野君はとまどいながら「はい、います。」と答えました。
「ああ、そうか。では、家族はいるかい?」
と高野先生は続けられました。
「はい、家族もいますけど、、。」
「恋人は?」
「はあ、ガールフレンド程度なら、、。」
僕たちは「高野先生いったい何が言いたいんだろう」と思って聞いていました。
一呼吸おいて先生は言われました。
「それが、自然なんですよ。」
「はあ?」
「君はいろんな人と結びついている。
友達、家族、恋人、、。
そして、その結びつき方はいろいろだね。
友情であり、親愛の情であり、愛情、尊敬の念などなどですね。
単純に一つの結びつきではないのです。
君という一人の人間はシンプルで美しい心を持っている。
しかし、その単純さから生まれた関係は場合によって複雑なことがあるんです。」
先生は笑顔と真剣さで話を続けてくれました。
「自然界もそうなのです。
単純で美しい真理は時として複雑な関係を見せてくれるのです。
あえて、誤解を恐れずに言ってみましょうか。
『共有結合』は友情であり、『イオン結合』は愛情なのです。
そういう目で化学を学んでみてはどうですか?
そして、私はそのように学んできました。
人も分子も、自然界の全ては、だから学ぶに値するのです。
私はそう信じています。
お答えになったかな?」
教室の中に大きな拍手がおきました。
僕が通った進学至上主義の高校で出会った高野先生。
先生は1つの化学式も用いずに、「共有結合」と「イオン結合」を語ってくれました。
「進学」や「将来」という言葉を使わずに、学ぶということの価値を教えてくれました。
僕らが起こした拍手は乾いた砂漠に降り注いだ豪雨の音でした。
高野先生の答えは20年以上たった今でもまったく色あせていないのです。
(了)
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