「みせかけの身長」その2

 多くの学校には臨時講師の先生がいます。
何らかの理由で学校に来ることができない教員の代わりに子ども達を指導するためです。

 僕が教員だった頃、保護者の中にこんなことを言う人がいました。
「できれば臨時の先生には受け持ってほしくない。」
もっとひどい場合は「臨時の先生は仮免でしょ。」なんていう誤解をしている人もいました。

 そのたびに説明してきたのですが、それは全くの間違いなのです。

 まず、臨時講師も正式教員も同じ「教員免許」を持っています。
両者とも「教師としての資格あり」と認められているのです。

 では何が両者を分けたのか。
ほとんどの場合は「前年度の採用試験に通ったか否か」だけなのです。

 僕もたくさんの臨時の先生と職場をともにした経験を持っています。
ある職場で、3人の臨時の先生と一緒だったんです。
3人とも、僕より年下でした。
その3人が僕にこう相談してきたんです。
「私たち、来年度の採用試験のために、今年限りで臨時講師をやめて勉強しようと思うんです。」

皆さんはこの3人の言葉をどう思いますか?
採用試験を受けたことのある人なら、この言葉の意味がわかるはずです。
けれど、それ以外の社会人には意味がわからないんじゃないでしょうか。

 普通なら、教員試験を受けるんだから、臨時講師という実際の教員体験を積めば有利になるはずですよね。
その体験を通して教員として必要な知識も身に付くだろうし、指導技術も向上します。
 臨時講師という体験は先生を目指す者にとって最高の勉強になるはずです。
何にもまして、実際に子どもや保護者と接するという経験は宝となるはずです。
しかし、その最高の勉強をやめた方が採用試験にいい、という笑い話では済まされない悲劇が現実なのです。

 その最大の原因が丸暗記型の学科試験にあります。
都道府県ごとに採用試験の中身が違いますが、学科試験のないところはありません。

 学科試験で合格するには、つぎのようなことが必要です。
たとえば夏目漱石の「坊ちゃん」を一度も読んだことがなくてもいいんです。
漱石が「坊ちゃん」を書いたということを覚えていさえすればいいんです。
だから、「坊ちゃん」をじっくり読む暇があったら、
「坊ちゃんは漱石、坊ちゃんは漱石」と呪文のように繰り返し覚えた方が採用されやすいのです。
そんな知識はテレビのクイズ番組で試されるような物ですよね。
 そして、そんな無意味な暗記をする暇は、現場でがんばっている臨時の先生にはないのです。
だから、臨時講師として教員の本当の力を磨く時間が多ければ多いほど合格から遠ざかるのです。

 スペースの関係で1例しか挙げることができませんが、いずれにしても摩訶不思議なテストなのです。

 僕は臨時講師を採用試験で優遇しろ、と言っているのではありません。
また、正式採用を目指して、臨時講師をせずに試験の為の勉強をする人もりっぱな教員の卵です。
もちろん学生さんでがんばっている人もいます。
しかし、子どもと関わった時間や体験が妨げになるような試験であってはならないと言っているんです。

 そして、そのような試験にしない義務が教育委員会にはあるんです。
改正をしようという動きは出てきています。しかし、残念ながら、まだまだなのです。

だから、これは断言できます。
採用試験に落ちた先生に受け持たれるということは、子どもや保護者にとって何のマイナスにもなりません。
採用試験の時点での「みせかけの身長」が少し低かっただけなのです。
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